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瀕死の都立学校と民主主義


「土肥校長と共に、学校に言論の自由を求める」保護者&市民の会による、都教委の「挙手禁止」通知の影響に関する一般教員アンケート集計結果です。  

瀕死の都立学校と民主主義


■都教委による校長アンケート結果
[毎日新聞 2008年11月14日]  『 職員会議で挙手・採決を禁止した東京都教育委員会の06年の通知を巡り、都教委は13日、都立学校に教職員や校長の言論の自由への影響を聞いたところ、約95%が「ない」と回答、「ある」はゼロだったと発表した。都教委は「言論の自由を奪っている実態はない」とし、今後も06年の通知を維持する方針だ。』 (引用LINK参照)

■市民による教職員アンケート結果
ならばと「土肥校長と共に、学校に言論の自由を求める保護者&市民の会」では、2008年12月、一般教職員対象に都立約200校にアンケートを送りました。
図が回答の集計です。問1では9割の人が職員の発言数が減少した、問2では8割の人が発言しにくくなったと回答しています。「変わらない」「そう思わない」と回答した人のコメントを読むと、無力感にとらわれつつも「言うべきことは言わざるを得ない」との観点からの回答であることがうかがえます

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5. 「挙手禁止通知」影響に関する教職員アンケートの結果(2009年1月)

123校アンケートグラフ


数値データ

********* アンケート質問文と回答数 ***************
■[問1] 2006年の「学校経営の適正化」についての通知(職員会議での挙手・採決禁止を含む)
     以降、あなたの学校で職員会議等での教員の発言数は

○増えたと思う:9  ○減ったと思う:1537    ○変わらない:143  
■[問2] 通知以降、職員会議などであなた自身は自由に発言しにくくなったと思いますか。
○思う:1354      ○思わない:328
■[問3] 通知以降、教員の言論の自由に悪影響がありましたか?
○ある:1409     ○ない:58         ○わからない:234
■[問4] 教育的観点から見て、あの通知の果たした役割は?
○有益である:12  ○多少役に立つ:22  ○あまり教育的といえない:364 ○有害である:1286


以下に回答に添えられたコメントを紹介します。印刷する場合は、下記からダウンロードしてください。 (なお本ブログに対する投稿コメントは最下段を参照ください)
アンケート結果グラフ

アンケートコメント1~400番までダウンロード
アンケートコメント401番からダウンロード



*******  添えられた936件のコメント  ***********************

【1】 発言しにくくなったかは何とも言えない。私自身は運営の最終決定権は校長が持つべきだと考えている。しかし、挙手・採決の禁止は全く理解できない。討論等で諸問題を論議して教員の意見等を汲み上げ、全体の意識を向上させているのに挙手・採決は有効な手段であって、これの結果に校長が縛られる必要はなく、何故このような愚かな通知を出すのかお役人の気が知れない。
【2】 言論の自由についてはよくわからないが、少なくともいえることは仕事の効率が悪くなった事と職員間の連絡が悪くなり、チームプレーが出来なくなったことである。また学校の運営が、管理職の能力に左右される割に保身に走り責任を回避する傾向が強くなってきた気がする。経営能力に乏しい校長が着任した場合は、学校に危機を及ぼすことになるが、現行のシステムでは防ぐ方法はない。
【3】 初めから結論があり、「校長が決めなくてはならない」という縛りを感じます。管理職も学校を守るために意見を聞かない形をとっています。そうでないと罰せられるのです。言葉尻をとらえて、リベラルな部下から慕われる校長をつぶさないでもらいたいと思います。ほとんどの教員は生徒が好きで、寸暇を惜しんで仕事をしているのに、信用されず悲しく思います。
【4】 職員会議で発言することに関しては今も昔も自分の良心・良識にのみ従って発言することにしているので、「自由に発言しにくくなった」訳ではないが、今は一人一人が発言することの値打・価値(大事さ)が失われてしまった、と思う。「発言しても所詮何もかわらないだろうなあ」とむなしさを覚えることが多い。
 学校としての最終的な決定は校長が自身の名において行われる、というのは今も四半世紀前も何ら変わらない。違いは以前は学校現場の現実に基づいてなされていた決定が、今は現場の実態に目をつむって、都教委の思惑に沿った形でしかなしえなくなった点である。

【5】 発言はできなくはないが、言っても素通り、ムダ、という感じがしている。自分の意見を言ってもムダなら、もう考えるのがいやになる。現場にとって最悪の状態である。
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【6】 自分が決定に関与していれば、賛成、反対にかかわらず実施に責任を負うことになる。「通知」以降、一般教員は決定から疎外されている。他人が勝手に決めたことだからということで、自分の意見と異なることについて、熱意を持てなくなっている自分の退廃がこわい。
【7】 発言を全く許さないということはない。そういう意味では言論の自由を奪ったとは言えないかもしれないが、発言する意欲を失わせるには充分である。(教職員歴26年目)
【8】 民主主義を最も体現しなければならない学校教育の現場で、挙手を禁じるなど嘆かわしいというしかない。
【9】 いわゆる「適正化」通知以降、明らかに職員会議における発言は減少した。どう発言したところで、所詮管理職の思惑通り、都教委の意図通りにしか動かないのだろうという思いが--というより、現実が私たち教員の士気を落とし、発言の意欲を喪わせているのだ。学校によっては「物言えば唇寒し」という状況もあるだろう。
【10】 教職員集団としての民主主義がないのに、生徒にそれを教えることなどできない。
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【11】 何を発言しても仕方ないという雰囲気が蔓延している。職場全体の志気が低下。50人程度の少数の職場で自分が全体の方針決定に何ら影響力を持ち得ないのでは勤労意欲も沸かない。
【12】 「挙手禁止」などの都教委の支えがなければ、校長がリーダーシップを発揮し得ないというのはいかにも情けない。教員を前に堂々と自己の教育的信念を語り、説得を図ろうとする気力の知力も胆力もない人が管理職になっている現実は寂し過ぎる。都教委がやったことは結果として学校の教育力の低下を招いていると思います。
【13】 教壇が、自由に発言できない環境にあって、生徒達に、自由な発想を持たせ、伸び伸びと発言させる教育ができるであろうか?教育の世界で、現在の状況は異常である。子供達、社会、そして、日本の先は、暗くて、恐ろしい、と感じる。
【14】 職員会議で「先生方の言論の自由がない」ということを恥ずかしくて、情けなくて、誰にも言えない(特に生徒に)。「言っても仕方がない」「時間のむだ」と思われてしまうことは、仕事に対して無責任な人間を作ることになると思う。
【15】 戦前の国家主義教育に後戻りしていることに苦痛を感じます。
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【16】 問2は、「発言しにくくなった」というより「発言しても結局は何もかわらないからいわない」という感じか。通知前は反対する意見が多くても、職員会議で徹底的に議論することで、自分たちで責任を持っていこうという感覚が誰にでもあった。現在は校長の意見と職員の方向性が全く正反対であっても、最初から結果ありきで空しさを感じることが多い。
【17】 戦時下で教員がしてしまった事、せざるを得なかった事を忘れてはいけないと思います。土肥校長のような方がいてくださるので、「まだまだ捨てたものではない、頑張ろう」と思います。
【18】 教育委員会があまりにも強大な権力を持つようになってしまった。そして現場に様々な報告書アンケートを提出させるシステムを作ってしまった。ここが一番悪い所である。今、現場で最も大きな問題は、教員が多くの書類を作成しなければならなくなった事である。おそらく事務職員と変らない位の人も多いと思う。それ故に、その分生徒とのコミュニケーション、教材準備の時間が大きく削られていることだ。今それでもますます提出書類が増えている。東京の、いや日本の教育が本当に心配だ。
【19】 3月までいた前任校では会議で何を言っても無駄なので、発言が激減していました。管理職や企画調整会議で決まったことは、覆ることがないので、教員の意志統一がとれない中で、取り組まざるをえない。「やらされている」意識も生まれ、職員のやる気が失われていっている。やる気があるのは管理職と主幹のみで、職場が二分されている感じ(飲み会まで二分されています)。有害以外の何ものでもない。(前任校)
【20】 20年以上教師をしているが、通知以前は、生徒1人1人について、学校全体のあり方について、すべて皆で、とことん議論をして決めていましたが、今はほとんど話し合いすることはありません。皆、閉塞感を感じているように思います。
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【21】 ●教員がほとんど全く発言しなくなった。学校全体への参加意識=意欲=責任感が失われつつある。都教委の思うつぼだろうが、そのツケは生徒に行くのだ。現場は崩壊中。 ●学校が一変したことは現場の全員が知っているのに、校長の88%が「いいえ」と答えているのは、都教委の権力支配がそこまで及んでいるということで、非常に恐ろしい時代に入っているという事。
【22】 (問1 通知に関係なく発言は増えた。ただし特定の人) ●教員全体の意志を表明する機会がないのは問題。ただ、多数の意見のみで(そのときの教員の構成にもより)、方向性が変化するのも変な話。●かつては校長の考えを無視して数の力で、政治的な考えを教員・生徒に押しつけていたのも事実。
【23】 現在の都立高校には言論の自由はほとんどないと言っていいと思います。校長の意見に反対する意見を言うと戦力外通告されて、無理に転勤させられる恐れがあるような状況で、しかも成績評価を低くされるかもしれないと思えばだれも本当に思っていることなど言えません。たとえ意見を言っても最終的にはすべて管理職が決める、意見はただ聞いておくだけでは話す気になれません。
【24】 今の体制を進めていて、教育が活性化していくとはだれも思ってはいないでしょう。一人一人の教師はこれ(通知)によって意見が言いにくいと感じるのはそれだけで敗北と考えます。一人一人がきちんと意志表示をし続けることがこれらを形骸化していくと考えます。今こそ自らの手に教育をとりもどすために一人一人ががんばらねば。
【25】 人格的に優れた管理職が権限を持つのは悪いことではないかもしれない。しかし今の都教委のやり方では、その、権限を持たされた管理職が上ばかり見ていて、教職員や、何よりも生徒の利益を代弁しようとする姿勢がなくなって(あるいは減って)いる。東京がこれでは、日本の教育がよくなるわけがない。
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【26】 どんなに良識のある管理職でも一人一人の教員の考え、意見を直接聞かなければ正しい判断をとりにくいはずです。生徒にとってどの先生も等しい「格」でなければ教育は成り立ちません。どの先生も直接自由に意見をぶつける場があってベテランは気づき、若手は学び、学校の組織的教育力は高まると思います。
【27】 (問1と問2について”発言しにくくなったからこそ、発言する勇気をもたなくてはならないと思う”)生徒は教員を見て育つ。私たち教員が、自分の正しいと思った意見を述べることができず、行動をとることができないならば、生徒は自らの意見を持って行動する人間にはなれない。流される人間になってゆくであろう。
【28】 多数決が万能とは思いませんが、挙手しなくなったことで「自分ならばどう判断するか」という緊張感、責任感がなくなりました。「お任せ」気分になるということで、これは学校現場にとって本当にマイナスです。
【29】 発言しにくくなったというより発言することに意義が感じられなくなりました。通知と人事考課と主幹制度(及びこれから導入される主任教諭制度)すべてがセットで、教職員から働く意欲を奪っています。我々が意欲を失うということは子どもたちに希望や努力を信じなさいと言えないということです。現場では“ミニ役人化”していかないと、とても正気を保てません。どうしたらよいのでしょう。
【30】 ・民主主義を教えるはずの学校現場で、その根幹とも言える多数決を形の上からも否定するのは、信じられない政策だと思う。 ・校長にはすでに管理、運営権がある。教職員の多数決を参考に適切な学校運営を計るのが、本来のあるべき姿のはず。
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【31】 一人の生徒を多くの教員で見て、感じる事が、その生徒の本当の姿を発見できるのでは? その事が学校として一人ひとりの生徒を正しく判断し、学校を適正化する一番大切な事では?
【32】 通知以降、自由に発言しにくくなったという感覚はもっていません。ただ、何を言っても結論先にありきという感じがするので、何か言って会議の時間を長びかせるより、短く終わった方がましだという感覚はあります。そういう意味では言論の自由が阻害されているのかもしれませんね。職員会議ではない研修会の場などで生徒指導についての意見は活発に交わされます。このことを考えると私と同じような感覚を持っている人は多いのではないでしょうか。あとこれから先生になる若い人に、これが会議と思わせてしまうことが残念です。
【33】 都教委のやっていることはどうかしています。我々の中には何を言ってもムダという諦めが広がっており、都立高校は窒息死寸前です。教育破壊は石原知事によって強引におし進められました。土肥さんのような校長が他にいない現状が悲しいです。
【34】 会議ではなく単なる伝達である。時間の無駄。伝達だけならプリントで十分。特に問題なのは横のつながりを切られてしまったこと。平の教員同士が意見交換できないので、仕事がまともにはかどらない。
【35】 全体として発言する人が限られているので活気がない。皆で良い学校をつくろうと思ったら、様々な意見が出てあたり前で、教員こそ意見をたたかわせて違う意見も認めていく姿勢が求められるのではないか。答えの出ない課題が多い学校こそ、議論が重要。校長が決定するのはあたり前としても、多数決をとってそれをくつがえす決定をするのであれば、その覚悟と決意を教員にきちんと話して決定すればよいと思う。決をとると一人一人の教員も責任が生まれて緊張感が出ると思う。
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【36】 通知文の内容は「教員の意見」を形で出しにくくなったという点で少々疑問はありますが、それによって会議に対して消極的になったということはないと思います。
【37】 生徒のために自由闊達に職員会議で議論する都立高校を経験してきているので、この議論の停滞した状況は、生徒にとって有害であると強く感じる。
【38】 間違いなく発言し難くさは増加しており、反対意見を言う方は0~5%位と思われる。逆に意見を言う教諭は、企画運営や代表者会議その他で、管理職の意向を汲み、彼らに反する主旨の発言はない。
教諭自身の人心が保身に完全に移行してしまった。10~20年前までは子供のことや職場のことなど情熱的に論争した人が、現在は「都」が打ち出す役職選考に進んで申し出ており、今回の「主任選考」については給与がらみで、ほぼ全員がそれになびいている。都教育界はもはや一方的な流れを勝ち得ており、教諭は仕事での教育という合法的な壁の中に退いてしまっている。中立・リベラルを欠いたアメリカ正義を礼賛する日本教育が進んでいると思う。

【39】 全員の意志を確認した上で、一致団結して問題に対処すべき場面は、あるはず。全面的な採決禁止はおかしい。
【40】 自由闊達に意見を言える職場でなければ良い教育ができるはずがない。
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【41】 職員が自由な意見を述べる機会がなくなり、管理職との意思が全く図られなくなってしまった。その結果校務運営がスムーズに行なわれなくなってしまったのは残念である。
【42】 その通知以前に、業績評価が入った時から、自由にものが言えなくなっています。今後さらに評価が給料に反映し、身分につながっていきます。みんな同じ立場で学校のことを考えるという気持ちは失われ、上にどう評価されるか、ということが仕事をする基準となっていくでしょう。
【43】 反対の意見や、異なる見解を発言する教員が年度末に業績評価で「C」となることが多い。その事実を知ることで、会議の場で、発言するのはやめておこうという空気になる。「誰かが言ってくれればいいのに」と思いながら、自分は何も言わないという姿勢の人が増えていると思う。
【44】 一昔前の封建時代か、独裁者の国へ来たようです。こんなことが現実になるなんて悪夢です!!
【45】 (問4については)両面ある。
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【46】 直接生徒に関わる先生が会議で挙手ができないのはおかしい。その会議での話し合いをうけて校長が最終的な判断をすればよいはず。採決禁止などはあきらかにやりすぎ。
【47】 「職員が意見を言っても仕方がない」という空気そのものです。さらに人事考課制度のせいで、言論の自由は全くなくなった。なんでもかんでも校長のいいなりになってしまった。悪いことまで。
【48】 職場がとても暗い雰囲気が悪くなってきた
【49】 業績評価も含め、管理職に対し、自らの意見をぶつけることが難しくなっている。だからといって管理職に迎合することはできない。とすれば沈黙・・・が増えるのは必然である。
【50】 職員会議での話し合いで物事を進めることがなくなったため「意見を言ってもしょうがない」→「言わない」→物を考えない→上からのことに心から同意しているわけではない→指導に熱が入らない⇒全てが書類のためだけの動きに学校がなってしまっている。残念である。
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【51】 「学校の役割は何か?」という問いに対しての答えが「人を育てること」であるとするならば、学校は人を育てる上で悩み苦しまなければならない。子育てにおいてすべての親が悩み苦しむのと同じように、学校もまたその時々の状況において悩まなければならない。悩みは上位下達で解決されるものではなく、時間をかけ、考えを巡らせ答えを出さなければならない。学校が効率よく社会に求められる人間を育て上げようとしている「だけ」の存在ならいざ知らず・・・。学校の長たる校長が神ごときの人格者であるならばいざ知らず・・。
【52】 皆でじっくり話し合って学校のことを決めていくということがほとんどなくなっている。独断専行型の教員が勝手に校長と話をつけて進めてしまうことも多くなった。大切なことが、いつの間にか決められ行われていて教員同士わけがわからず混乱することが多い。6年で必異動となったことで、学校のことをいろいろ知っている者がほとんどいなくなり混乱に拍車をかけている。
 職員会議での挙手採決禁止に伴い、校長は日ごろから教職員の考えをくみ取る努力をいっそう行うよう指導されたはずだが、実際は逆で、発言力の大きな者の意見に単純に乗ることが多くなっている。校長がいかに学校の実態をわかっていないかは、今回の調査に「いいえ」と答えた校長が88パーセントという結果を見ても明らかである。教職員が理解し合い意思統一をもって学校を運営していけない現状は生徒にとって不幸なことだと憂慮している。

【53】 本校では、まったく発言が許されておらず、質問のみです。学校運営については、一般教員は、ただ従うしかありません。トップダウンの典型的弊害があります。なるべく情報を隠蔽し、上まで伝わらないようになっています。いいアイディアや独創的な意見を持つ教員は、黙って命令されたことだけを、充分に理解もせず納得できず従っているだけです。校長に直接意見を言うことはできません。(質問も)かならず主任を通してからです。生徒も同様です。この手順をとらないと、ひどく叱責されます。
【54】 自由な意見を述べる場所が保障されず、議論にならない。意見はあくまでも意見として挙げればいいではないか(仕方ないが)と思うが、それすらもできない。
【55】 大人社会を正さねば生徒にも悪影響を及ぼすのは当然のことと感じられる。
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【56】 私は52歳で25年以上職員会議を経験してきましたが、これほど「現場(教師と生徒)」の声が通らない会議を経験するのは始めてです。主人公、主役は校長と都教委の発言意思であり、生徒ではなくなりました。教育現場は生徒の変化をすばやく捉え対応し、さらなる変化へと導き成長させることが第一と思ってきましたが、「現場」が消えました。生徒を主役とするのが教育だったはずですが、「教育」はなくなり、「経営」がばけもののようにのさばっています。始めは反対の意見等を言ったり、経験を生かしてもらおうと現場での体験を話したりしましたが、何を言っても答弁のための発言が返ってくるだけで、一緒に現場を変えていこうという気は生まれなくなりました。あるのは「対立」だけ。管理職とは敵対する関係になってしまいました。会議ばかりか日常でも口をききたくありませんし、まして酒を飲んでなどという日常の人間関係はなくなりました。ほんの少し前まで、校長は若い教員の嫁さんや婿さんを探してくれたり、現場には温かい雰囲気があったのですが、残念ですね。気の弱い心ある教員は現場から背を向け始めています。子どもにとっては危機です。
 私は息子を都立高校へは絶対にいれたくはありません。私立を目指して勉強させています。まじめで子どもと向き合う教員が浮かばれない社会に大切なわが子を入れるわけにはいきません。そう覚悟しました。そのくらいひどいものになっています。想像以上に私たちの心は傷ついています。えっ?うそでしょ? そう思ってもらえることがどんなにうれしいことか。それほどにひどいものです。このような調査がどれだけ私たちに勇気を与えてくださるか はかりしれないものがあります。心から感謝申し上げます。

【57】 都教委の実施した「学校経営の適正化について」における校長・副校長に対する調査は、多くの人がYESとしか回答できない立場の人を調査対象者としており、科学的方法とは言えない。このような調査結果を公式のWEBサイト上にのせるのは適切ではない。◎科学的方法について非常に無知であり、恥知らずである。
【58】 石原都政下に教育はない。教員の意欲がこれほど下がっている現状を保護者にも知ってほしい。10年前はどの都立にも10年以上勤務する教員がどこにもいたものです。学校はその先生方が支えていたのです。
【59】 現在よりも、数年先が心配。
【60】 職員会議の性格が本質的に変わった。企画調整会議が実動化し、職員会議は副校長が毎回言うように連絡会化しつつある。職員会議は自由な意見交換の場で、他の人の意見を聞くことが何よりの研修になっていた。それが今は全く失われてしまった。
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【61】 昔は時間をかけて議論を重ねて来た。そうした過程を通じて、学校組織が活性化し、教職員一人一人にとっても勉強になった。私自身にとっても幅広い意見、柔軟な思考を養う上でも良い研修の機会だった。正直、白け、お任せ主義に陥っている。勿論現状下で精一杯仕事し、論議を重ねたいが、つくづく都の施策には怒りと共に空しさを覚える。今回の管理職だけのヒアリングは単なる茶番、アリバイ。土肥校長の勇気ある闘いにはエールを送りたい。
【62】 発言しにくくなったと言うよりも、発言しても何も変わらないという雰囲気になり、発言が少なくなったように思う。
【63】 昨年度は職員会議の回数が半減されました(校長が替わり、今年度は2/3に復活)。しかも職員会議での発言が極端に減少しました(その原因は、前校長が、意見を言う教員を学年担任途中であろうと強制的に異動させたからでもあります)。私は、意見を言う方であろうが、その結果、昨年度の業績評価による人事考課はCでした(開示請求で、管理職から聞いたCの理由は、校長の意に反する意見を言ったこと(行動をとったわけではありません)でした)。自由に意見を言えば、評価がCになる、これでは言論の自由が制約されていると言わざるを得ないでしょう。前校長は、学校経営のために色々な人の意見は聞きたかったのだと思います。私に「意見があれば、直接、私に言ってください。」と言いました。私は「意見があれば、職員会議で言います。」と切り返しておきました。職員会議での広く深い論議、それ自体が教員の大切な研修の場でもあります。職員会議での自由な討論によりお互いが切磋琢磨していくことは大切なことでした。現状は、切磋琢磨していくべき教員集団の破壊、であります。
【64】 職員会議の意味がない。教員間の意見・発言の場が極端に減ったため、お互いを詮索するようになる面も出て、学校運営に支障をきたしている。管理職ももっと身近に感じていたが今はちっとも理解してくれていないし、聞く態度も見られず、どう運営すると言うのだろうか。
【65】 自由にものが言えない職場は教育界には全く不適切である。時代と逆行している恐ろしさを痛感している。
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【66】 「学校経営の適正化」以降、管理職を中心とする一部の教職員が学校内のことを決め、「ひら」の我々は共通理解もないまま、ただそれに従っていくという方向にあきらかに変化した。少なくとも私はそうです。
【67】 採決をしないこと、職員会議に決定権がなくなったことで広い意見、有益な議論が少なくなった。決定機関である企画調整会議では「上意下達」の役割の方が多く、本来の教育的な議論に基づく「原案」→「決定」ができていないのが現実である。
【68】 是非、是非、世間に向けてこの現状をアピールしてほしいです。窒息しそうな閉塞感が学校を包んでいます。学校が病んでいます。助けてほしいです。
【69】 都立高校の管理職は教育委員会の言うことをきく人ばかりになっています。子どもたちの方に目を向けた教育をしっかりと実践していきたいと思っています。
【70】 本校は以前から活発な議論がある方ではなかった。(かといって「封殺されている」というわけではなかったと思う)穏やかに結論が形成されてくるといった流れがあった。「通知」を境にというより、職員会議が決定機関からはずされて依頼、徐々に「空しさ」が広がっているように思う。今は「かつて」の流れを知る教員が誇りをもって支えているように思うが、それを知らない若手が増えていくと5年後、10年後には「作業層」の分離が進み、学校は教育力を失うのではないか。
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【71】 何をするにも管理職と一部の職員で決定され、発言を封じる通知は混乱の元凶となっている現状をみれば、都が目指す都民の信頼に応えるという目標はあまりにも現実離れしていると思う。
【72】 (問2 発言しにくくなったと思わない)けれども、言ってもムダと思うことが多くなった。
【73】 2006年4月からの初任者なので、比較することができません。申し訳ありません。(設問には無回答)
【74】 公平さを教える学校で、我々こそが最も不公平だ。
【75】 教員の中に民主主義がないのに、どうやって生徒に民主主義を教えるのか、という問題を感じます。生徒にあてはめれば文化祭の出しものも校長が決めたものをわりあてられてやる・・・というような状況。将来子供達の毎日がそうならない・・・という保障はないことを市民の皆さんに知ってほしい。
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【76】 職員会議での議論や多数意見は十分に尊重されるべきものだと思う。職員会議の具体的な議事の進め方にまで「通知」で束縛を与えようとするのは大変に非民主的で有害なことだと感じる。(職員会議の発言数は2006年以前にすでに減っていた)
【77】 思想統制や検閲、全体主義とか北朝鮮とかに対して、より理解を深められるようになった。
【78】 職員会議で、企画会議で決まったことや管理職の意向に反対する意見を述べると、後で呼び出されて指導を受けている姿を見かける。
【79】 企画調整会議で通ったものであれば、何でもOKという風潮になった。職員会議の回数も減り、会議も淡々と流れ、明らかに発言が少なくなった。発言しても管理職の意図と反するものは、流され、はねのけられてしまう。(言ってもムダというあきらめ。)これで本当に適正な運営なのか疑問と同時に、大きな不安を感じる。
【80】 管理職の一方的な学校経営が、教職員のやる気を失わせている。学校改悪で都立教育が壊れかけていても、管理職や都教委の圧力で学校独自の運営や教職員の意見が反映されていない。この様な現状でも、今の経済状態からは都立高人気を都教委は勘違いで評価し、改悪状態で一方的な圧力をかけてくると考えると、いずれ都立教育は崩壊し低迷期を迎えることだろう。
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【81】 はっきり言って職員会議で発言する気はなくなった。自分が議論に参加しているという感じはない。すでに決まっていることの報告会にすぎない。
【82】 実際に生徒に対面している一人一人の教員の創意工夫がなければ、教育はなりたたない。そのためには自由な発言、互いの自由な批判が不可欠。そうした自由な雰囲気が生徒のための学校を作り出す。都教委の「学校経営の適正化」は為政者本位のものであり、学校を殺す。経営という言葉が象徴しています。
【83】 「自由に発言」と言っても声の大きい人の意見ばかりが通ることもあり、両面見ないといけないと思うが、教員がものが言えなくなれば、ものを言える子供が育つわけがなく、長い目で見たら国益にならないでしょう。
【84】 発言しても意味がないと感じることが多い。挙手採決を禁止する意味がわからない。挙手採決は民主的な意思表明の基本的な方法の第一歩であると思うため、一般教員の意見を封じ込めるようなやり方は民主主義を否定するものであり、極めて有害である。教育の現場は命令で動くのではなく、自主的自発的に協力しあって運営していくべきものであるから、言論の自由は最も大切なものである。
【85】 生徒の主体的思考の力を育てるためには、教員の主体的な思考、主体的な教育活動、主体的な実践が不可欠。ものを考える教員を育てなければ生徒の人格の完成を目指した教育はできない。
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【86】 日本は民主主義の国であり、民主主義の根本原理である多数決が出来ないというのはおかしな話である。もちろん少数意見の尊重をふまえるべきだし、管理職によるリーダーシップも大事であるとは思うが、結局管理職が決めたことに「右へならえ」せざるを得ないならば、意見を言ってもムダという雰囲気がある。たとえば、HR担任として文化祭の出し物などを決める際に、担任が決めますか?生徒達による話し合いの後多数決で決めませんか?それが当たり前のことだと思いますが。
【87】 発言しても最終的には管理職の意向に沿った形にしかならず、場合によっては発言内容が査定の対象となっていると感じるケースもあり、徒労感が積み重なっていく。仕事としても“やりがい”は失われているが、子を持つ親としてこんな東京では教育を受けさせたくないと感じます。
【88】 管理職が職員の意見を吸収する装置を機能させていない場合、職員には無力感のみが広がる結果となる。職員のモチベーションの低下は長期的な学校教育の質の低下に直結する。
【89】 職会が短くなった。それを「良いこと」のように思ってしまうところに本当のこわさがある。
【90】 言論統制そのもの。上に立つ人間が常に正しいとは限らないのに、非常に危険である。民主主義の死につながる。
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【91】 「発言しにくくなった」というより「発言する気にならなくなった」という方が近い
【92】 前の職場では「職員会議は無くす」「教員は発言するな」とまで言われた。現場では「あり得ない」空気に満ちあふれている。教育に自由が無くなってきてきる。危機的状況である。
【93】 「言論の自由」について子供たちに教えるべき学校現場でまさに「言論の自由」が奪われているというこの現実!! 都民そして国民の皆さんに知っていただきたい事態です。
【94】 民主主義社会では多数決が基本です(ファシズムではないので)。教員になりたての頃、採決で挙手した時の喜び(自分の1票が学校を左右している)は今でも覚えています。今では何を言ったって結局、校長が決めるんでしょというあきらめのムードが会議全体に流れています。
【95】 「そういう決りになっています」という言の下、議論が打ち切られることが重なり、言ってもムダ的な雰囲気が蔓延し、自由な、創造的、啓蒙的議論が激減しています。教員が機械のパーツの様になっていく気がして恐しいです。
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【96】 校長へのプレッシャーが大きくなり、大変なのではないかと思う。学校運営も教員の意見なしには、成り立たないと思う。
【97】 一人一人の教員が学校運営に参画しているという意識が明らかに後退している。何を言ってもムダ、言いたいことが言えなくて「言論統制」みたいです。
【98】 「言っても無駄」になってしまった。今後若い人達の職場になっていくと それが当たり前で、従順な教員ばかりになってしまうのではないかと、危惧している。生徒と日々接している教員の意見より管理職の志向が重要になっている中で教育の質が低下している。管理職対象のアンケート結果には、本当に呆れてしまいます。
【99】 自分達の自身で決定できない会議に誰が期待できよう。出なくてもいい、出ても意味がないと考えるようになっても不思議ではない。これは何につながるか。学校教育の死滅です。
【100】 土肥校長は正しい。公開討論に応じないのは都教委にとって都合が悪いからであり、ましてや守秘義務がどうのと言い出すのは論外である。都教委の悪行が世間に知られては困るからというだけであり、怒りがこみ上げてくる。しかも都教委に都合の良い結果を出すために校長に調査を出すというのだから救いようがない。都教委は教員採用試験の結果を事前に都議に知らせていたではないか。ましてや「これからはそういう事のないようにする」の一言で終わらせるとは何事か。それこそ守秘義務違反であり、処分して当然のことがなされていない。都教委のやっていることは「学校運営の”不適正化”」である。歴史は繰り返すというが、都教委は水戸黄門に登場する悪代官そっくりである。都教委の悪事の数々を正すよう土肥校長を応援する。
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【101】 都立高校の非常に、危険な状況(『言ってもしょうがない』etc)を生み出していると思う。言論の自由は民主主義の根幹をなしているので、不断に戦って勝ち取っていくものと考える。
【102】 「意見を述べてもしかたがない。最初から結論はあるんでしょう。」というような気分になり、黙っていることが、自分も周囲も多くなった。このアンケートに回答できるだけでも言論の自由があるのかもしれない。職員会議の時間が短くなった。
【103】 意思表明や発言を直接封じているわけではないが、現場では「何を言ってもムダ」「言っても仕方ない」という雰囲気が年々強まっている。それが「仕事をやらされている」感覚につながり、学校の中によどんだ空気が満ちている。真剣に生徒と向き合うという、教育で最も大切なことがじわじわと失われている。この現状を都民は知っているのだろうか?
【104】 職員の意思が反映しない職場は方向性が見えないというか、偏った教育現場になる恐れが高い。戦前のあやまちをくり返すのかな・・・!?
【105】 私のように話が下手な者は会議の場において挙手することで自分の意思を表明できたのに、それさえ奪われてしまった。自分達で決めたことならば精一杯努めようとは思うけれど、“一方的におしつけられる仕事”では勤労意欲などわくはずもない。
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【106】 学校という現場でいろいろな意見を言う場が少なくなるのは問題。親方様の意見が全て正しいのなら問題はないが、裸の王様になってしまう。そのような企業がいくつも失敗をしている現実を知るべき。
【107】 どうせ発言をしても無駄だろうという無気力感が蔓延するようになったと感じられる。発言する事自体が禁じられている訳ではないが、特にはじめから結論がありきというような場合には真面目に考えれば考えるほど、発言する意欲が萎えてしまうのは仕方がないのではないかと思う。
【108】 学校長に反対意見を言ったことで、次年度構想外通告を受け、強制的に異動対象(本校在勤年目にもかかわらず)となった。
【109】 現在のシステムに言論の自由がない。勇気を出して意見を言っても、校長の意に添わぬ内容のことを言えば、後から「望まぬ異動をするぞ」と脅される。こんな状態で子どもを正しい方向に導けるとは思えない。管理職は当然立場上、「適切な学校経営がなされている」と答えざるを得ない。管理職のみを対象にしたアンケートをとれば、一方的な意見になることは当たり前、都教委は不都合なデーターが出るのを避けているのだろうが、一般の教職員からアンケートをとるべきである。
【110】 学校教育の根本が崩れたという感じがします。こんなことが平気でおこなわれて、それに対してどうにもできないのではないかという無力感と自身に対する自信の喪失、生徒に対する何というか、申し訳なさみたいな感情など様々な面で心理的に参っています。
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【111】 「言論の自由」だけの問題ではなく、学校が非民主的になっている現状を知ってください。つまり学校の主人公はもはや生徒ではなく、教育委員会=知事なのです。教育委員会=知事の意向が命令として校長を経て学校を運営しています。上意下達と命令服従の学校で、生徒の自由な発想や正しい判断力が育つはずはありません。
【112】 たまたま自分のいる職場は会議での発言をおさえるような行為は感じませんが、成績会議や生徒指導での職員の意向を聞かないと言うのは、何よりも権利の剥奪だと思います。
【113】 このアンケートは意図するところが明確すぎて、誤解を与えかねないと思います。私のところは言論の自由について以前より制限された部分は小さく感じるのですが、とにかくそれらの意見を無視する校長が続きました。
【114】 上意下達の組織になってきて、現場の雰囲気を管理職がくみとろうとしなくなったと思う。現場の教員(下の者)も何を言ってもムダというような、閉塞感が学校を支配している。
【115】 職員会議でのあきらめムードはここに原因があると思う。自由に議論するムードがないし、しても仕方がないと言う雰囲気になっている。自分は意見を言うのであまり変化はないが、「少数派になっている。のか」という疑問がつねについてまわり始めた。
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【116】 現場の意見を聞かないで、どうやって学校経営をしていくのか?ボトムアップは会社経営の常識であると思っていた。
【117】 現状では、大多数の教員が、学校運営に関する意思決定から疎外されていると強く感じている。教員を常に受動的な状況においておきながら、主体的に職務に取り組めというのは、根本的な矛盾である。
【118】 誰のための学校なのかわからなくなった。何を言っても無駄だという雰囲気が濃くなり、建設的発展的内容の意見は、全くでなくなった。上記のアンケート結果(都教委が管理職対象に行ったアンケート)と全く逆です。校長と一般教職員のズレがある学校で、まともな議論をしない:できない中で学校がよくなるはずがない。私自身、子どもを都立学校に入れたくなくなった。
【119】 自分が自由でなくしてどうして言論の自由を教えることができるでしょうか。
【120】 職会の司会は主幹がするようになり、発言するとリスクを感ずる。今回の適正化通知は都立高の自殺行為。自分の生活を守るための場所になってしまった。
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【121】 皆で考え、決定し、皆で行動する雰囲気がなくなってきました。特に若い教員が考える事をしなくなった。責任ある挙手が職員現場に責任を持たせる。
【122】 民主主義の国において、生徒にも民主主義を教えなければいけないのに、学校で民主的な運営がなされない、というのは本当におかしなことだと思う。こういったことが今後どんどんいろんな所に影響していくことを危惧します。
【123】 教員のやる気をそぐものであり、なにを言っても無駄という雰囲気になっている。(本当はこれではいけないのですが)
【124】 学校は政治・イデオロギーの場ではない。生徒指導上のことも含め、校長が全部把握できるわけではないので、建設的な意見が出なくなり、学校が混乱している。
【125】 実質企画調整会議で学校に関する全てが決まっているので会議では意見を言っても無駄だと思い発言しなくなった。反体制な事をうっかり言っても勤務評定に影響するだけでバカバカしい。今の学校は実際に主役である生徒と接している教員に発言権がなく、生徒の生の声をほとんど聞かない人が牛耳っていて何の為の経営かと疑問である。
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【126】 2006年の通知以前の1999年1月からの学校管理運営規則の改悪後、都立高校の学校運営は大きく様変わりしました。それ以前の都立高校は校長を含む全教職員の合意にもとづく運営が、不十分な面もあったが、基本的には行われていた。職員会議はその合意形成の場であった。そのため、職員会議は長時間におよぶことがしばしばあったが、文句は出なかった。みんなで学校をつくりあげている雰囲気であった。1999年1月以降都立高校は変った。職員会議は上からの伝達であるので、短時間で終わる。出されるものは良いものでも、職員の検討がなされていないので、良さが生かされない。
【127】 通知以前は、校長は職員会議で職員の意見に対してきちんと(できる限り)ご自分の考えを述べ、理由を説明し、職員を納得させようと努力していた。その過程で我々が考えを改める場面もあったし、校長が逆に我々の考えに賛同し、方針をかえた場面もあった。時間はかかったが、お互い納得した上で教育活動に専念できていたように思えます。現在は決定権が校長にあるせいか、意見を述べても返事もしない。せいぜい「ご意見としてうけたまわります」などと他人事のようなセリフを吐くのみ。それで最初の案通りにことが進んでいきます。これが毎回のようにくり返されれば、意見をいう気は起きません。「どうせ変らないから」と口をつぐみ、嫌々仕事をする始末です。
【128】 教員の自由な発言を妨げるような学校で、生徒に民主主義を教えられるわけがない。憲法の精神に反する。異動時にいやがらせや昇給に不利になることを避けるため、管理職に反対のことをいう教員が少なくなったことが一番の恥である。だれより管理職(特に副校長)が都やセンターや校長に対してビクビクしている。
【129】 実際に生徒と接している教員に発言の場がない状況でよい運営ができるとは思えない。教員の職務に対する志気が下がっているのは確実です。
【130】 校長は人事権を持つ、校長は業績評価を行う。自分の意にそぐわない教員を異動させる。異動や業績評価が下がるのを恐れて、職員会議では発言できない人が増えれば、それは加速化する。「一人の人間は弱い。絶大な権力(異動・業績評価等)を持つ校長に対し、意志を示す事のできる『挙手・採決』なのです」
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【131】 東京都教育委員会は本当に、教育を良くしようと思っているのか疑問です。意図的に、何もいえない大人を作ろうとしているのではないでしょうか。教育のことを、明日の日本のことを本当に考えてくれる人たちに教育のトップに立ってほしいし、そのためだったらがんばって協力するのに・・・。
【132】 発言することで、逆に不利益をこうむっているのが現状です。また、生徒について一番よくわかっている教員が発言しなくなることで、一番困るのは生徒だと思います。教員の気力を失わせ、生徒に迷惑をかけてまでやる必要がわかりません。
【133】 何を言ってもムダで勝手に物事が決まっていく中では、「勝手にやれば」とか「自分の知ったことではない」といった気分が広がっていく。これは学校・生徒にとって大きなマイナスであると考えます。
【134】 多様な意見を集約し、議論の上、1つの方向を出して行くのは、学級経営上も教員にとって特に必要な能力であるが、通知以後校内に民主的な会議の場が失われ、若い教員は民主的な会議の手続自体経験することがなくなってしまった。大きな損失。
【135】 挙手による採決を禁じるなど、民主的な組織では全く考えられない愚かな通知だということにまだ都教委は気付かないのでしょうか。
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【136】 以前は、自由闊達な意見交換の中で、多様な見方・考え方の存在を学習し、若い教員の成長をもたらす場となっていたのが、職員会議だった。今は発言者は減少し、固定化し、一方的価値観による画一的方向へと進もうとしていて、若い教員の幅広い成長が期待できなくなっている。それは生徒にとってもマイナスだ!大多数の若い教員は、上記のような問題の存在を意識することもないように思う。
【137】 意見をいう自由はある。しかし、どうせ校長が決めるのだから言うだけ疲れるとでも考えるのか発言数は減っている。一番生徒をよく知っている一般教員から建設的な発言が出にくくなっており、長期的には学校経営にマイナスの影響を及ぼす。
【138】 会議が「上意下達」のみの場となり、教育的見地からの議論がほとんど行われなくなってきている。教職員が考えて学校全体で教育活動にとりくんでいくという意識が薄れていると思う。会議だけでなく授業その他の活動でも、教職員は「萎縮」して新しい活動に取り組みにくい。
【139】 言えないのではなく、「言っても無駄」という雰囲気になった。つまり、巧妙なしめつけだと言える。
【140】 学校の自主性が全くなくなった。都教委から指示がでて校長がそれを受けて行動する。恐ろしい時代になったと思う。
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【141】 民主主義を生徒に教える立場にあるのに、学校がとんでもない方向に向かってゆくのは悲しいことです。
【142】 以前は、自分達の話し合いの結果賛否の票が変化し、決定が変化すると思ったからこそ、勤務時間を大きくはみ出しても白熱した議論をたたかわせたし、その結果として出た結論(決定)には自分の意見とは違っていても納得して従っていた。話し合いの中で互いの認識も深まった。今はそれがない!はじめに結論ありきという中で意見を言うことに何の意味があるのか。生徒の事を中心にし、本音の議論をたたかわせるということのない学校には人間を真の意味で人間として育てていく力はない。
【143】 同僚がどんな考え、気持ちなのか、挙手がないとわからずに不安。(校長が自分(私)と同じ考え方の結論を出したとしても他の教職員の考えがわからないと不安になる)
【144】 一人一人の生徒に全ての教員が一致してあたるには、よく意見を交わし、採決するのが大切だと思う。お互いが何を考えてるかわからず、また自分が何言っても無駄という空気が広がり、やる気は失せるばかりです。
【145】 どうせ最後は校長がひっくり返すと思うと、言ってもムダ、時間のムダと思えてしまう。管理職は「都教委の決めたことだからどうしようもない」としか言わないし。異動や評価で常に脅かされているように感じる。そんなんで生徒に自由と責任とか、正義とか公正とか、誠実とか、求めていいのか?
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【146】 校長は万能ではない。諸議題に対処していくために、教職員の知恵を結集していくべきときに挙手で数を出すことを禁止することは、極めてバカげている。
【147】 主任教諭の導入で更に自由な発言は封じられるのではないか。このように極端な管理体制にしなければ、都教委の方針が現場で貫徹できない現実こそ、都教委は直視すべきである。またこのような管理体制を取らなければ、教員を管理できない実態を、管理職は、自らの能力、見識の無さも含めて直視すべきである。
【148】 この通知は、非常識そのものである。都教委は非常識のかたまりのように思える。
【149】 以前のように学校全員(職員全員)でいろんなことを考えていくことが無くなり、「言ってもムダ」の空気が大。 本当に害しかないと思います。
【150】 一般教職員の発言がなくなり、生徒や、現場の実態を良く知らない人達の頭でっかちの意見だけで学校が運営されてきている。何をもって適正な学校経営と言うのかわからない。
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【151】 「あの通知」は企画調整会議に出ている者があらゆる条件、状況を把握し、よりよい判断ができる、という「管理職・主幹万能主義」に無意識に(?)立脚しているが、決してそうではない。行事決定(原案作成)などにおいて問題は起きている。私自身は、これは、と思った事案に関して発言しているが、それによってか(?)くつがえったことがある。他にももっと意見をお持ちの方もいるはずで、そのような方々が遠慮して発言しないことでマイナス面は大きいと思う。
【152】 最終的には校長決裁となるのは責任の所在を明確にする上でやむをえないのかもしれませんが、教職員の意見を募る姿勢まで失われたことには強い疑問があります。現場主義からの乖離、参加意識やモチベーションの低下などは、長い目で見て弊害が大きくなると思われるので、徐々にでも是正されていくべきだと思います。
【153】 (設問無回答)嘱託なので職員会議等の会議に出席していないため、職場の現状は良くわかりませんが、企画調整会議が充分機能を発揮しているようで、職員会議が単なる伝達機関に成り下がっているとの話を、よく専任の方から聞いています。
【154】 意見の応酬の後、挙手等によって全職員の意見を集約するのは、ごく自然なこと。すべての問題について、自分の態度を明らかにしなければならない状況の下で、教員も鍛えられ、育てられて来た。それを禁止した後に来るものは、当事者意識(責任感)の薄れた「考えない」教員の増加か?それが狙いというなら、教育も学校もおしまいです。
【155】 かつては、教育的にどのような指導が一番望ましいのか、あるいはどんな形で指導していくことが生徒を伸ばすことになるかといった点を職員会議の場で、おおいに議論して多くの人々を納得させるものが支持されて、学校の教育活動が行なわれてきましたが、挙手・採決の禁止は、そのような議論を無意味化し、議論自体が失われてしまっていると思います。
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【156】 3年間で異動していく管理職が、教員の意思とは異なる、生徒の実態にそぐわない経営方針を出すことが多い。最後には、「校長判断」と言って通してしまう。教員はコンセンサスのない方針に戸惑うばかりである。
【157】 通知以降、学校運営に関わっていると思えなくなり、自分の授業さえ良ければそれで良しと思うようになってきた。これでは学校が良くなるとは思えない。
【158】 (設問1~4 無回答) 2006年の通知以前(2003年10月23日通達の頃)から職員会議での発言に、その意義や責任を感じなくなりました。2003年は他の都立高でしたが、「どうせ最後は校長が決める」から「校長が最初から決めてる結論を言うまでの無駄な時間つぶし」と感じ、職員会議に出ることが苦になりました。職員会議で発言をしたり、あるいは発言をしなくとも採決を通して各自の考えを表明し、その結果として職員の意志を確認するという作業は、重い責任も伴いますが、一方で今後の学校の進むべき方向について真剣に考える機会を与えられたと感じています。教員として成長させられたと思うのです。  今やそんな機会は全く失われ、「すべて他人まかせ、校長まかせ」、学校運営から疎外された自分が在るだけです。このような現状が今後も続くのかと思うと、都立高はますますかつての「学校」とはほど遠い存在になっていくように感じます。
【159】 「通知」以前から、何をいっても無駄だという体制に東京の教育はなっていました。(2003.10.23通達)
【160】 一部の主幹のみの意見で学校が運営されている。昔から「三人よれば文殊の知恵」と言ったように、多数で意見交換すればする程プランはきちんと練られるのに今ではそれができません。
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【161】 ここまで教員が信用されていないのかと思うと情けなくなります。
【162】 もう本当に危なくなっている状態だと思う。臆せず意見を言う世代の教員もいなくなるだろうし・・・・
【163】 生徒の教育に直接たずさわっている教員の意見を封殺して、いいはずがない。
【164】 教職員が自分の頭で考え、同僚や管理職と討論をすることで更に自分の考えを深め、教育について挙手や採決をすることが、教育の自由を保障することだと思います。全体で確認できず校長の独断におちいる危険性があると思います。
【165】 同僚の教育観や本音がわからなくなり、真に大切な情報が流れなくなったため、生徒指導上の連携ミスが増え、トラブルや苦情が以前より多くなったように感じる。生徒指導は建前だけでは不可能である。 学校の主役は生徒と教員である。両者が生き生きと活動できる場所に戻してほしい。言論の自由がない立場で、生徒に言論の自由を教えることはできない。教育はタテの命令系統では動かない。それは親子間の教育を考えても当然である。誰が、自分の子供に対して、(上からの)命令を受けて、しかったり、ほめたりできるでしょうか?
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【166】 (通知が教職員の意見を抑え込むことを目的とするだけでなく)都教委の言うことを聞く「校長作り」にこそある、ことを忘れるべきではないでしょう。
【167】 ●職員会議での挙手・採決禁止を厳守させて、どうして職員の考えを確認できるのでしょうか。 ●職員会議の前に主幹会議、企画調整会議で決まってしまっている、何を言っても無駄という憤りがある。全員で協力し合おうという気持ちがなくなる。
【168】 この通知だけの問題でなく、全体的に下の声は聞かないという空気が職場全体にある。人の話を聞いたり、調整したりすることを面倒くさいと思う人達が、この流れにどんどん乗ろうとしていることが問題だと思う。又、そういう人達がどんどんえらくなっていったら・・・と思うとおそろしい。
【169】 多様な考え、教員としての在り方が教育を活性化してきた。言論封殺、業績評価等の上意下達の権力構造は、学校を殺した。教育の崩壊は子供の未来を奪う大罪である。
【170】 不毛な意見を聞く事が減ったが、有用な議論も減った。
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【171】 全く教育とかけはなれている。教育は集団で行なうものであり、ある問題で職員の意向を把握するのは校長にとっても必要だと思う。都教委は”挙手恐怖シンドローム”にかかっており、異常としかいいようがない。
【172】 問題の根本は、教職員の学校運営への参加権が制度的に(慣行としても)保障されなくなったことです。実力のある管理職は、教職員に挙手をさせても、権限を行使できるということではありません。
【173】 「職員会議は教職員の意見を聞く場ではない」 「管理職から伝達をするだけの場所である」と校長・副校長は職員会議の場でそう発言する。教員の意見は全く言えない。教育に良いはずはない。恐ろしい現状である。
【174】 2006年の通知前も、自由に発言できにくくなってきていたが、この通知で一気にその動きが加速された。現在の状況は発言しにくい、ということも問題であるが何を言ってもしょうがないという雰囲気が出来てしまっている。
【175】 都立高校は学校ではなくなってしまいました。上からの命令で動く戦時中のようです。生徒のために自由な発言ができるようにしなければ、また暗い過去に逆もどりです。
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【176】 教員として、言わねばならないことは言うという姿勢は崩せないと思うが、受け取る側の態度が明らかに変化した。どの様な賛成意見、反対意見を言っても、聞くだけ、聞き流すだけという態度がありありで、管理職への信頼というものが成り立たなくなっていると思う。
【177】 如何に都の教育行政に理念がなく不適切なものかのあらわれでしょう。「日の丸・君が代」に代表されるような、誰が見ても非常識なものを押しつけるためには教員の意見は邪魔でしかない。職員会議で議論して、「都教委―校長」は理論的な構築は一切できません。これまで意見交換で校長がまともに答える(教育的な部分も含めて)ことができたことは一切ありませんでした。話は広がりますが、この問題は十数年前(?)の都の「あり方研」以来ずっとつづいている問題です。そのときの都教委の言い分は「職員会議で校長の考えがとおらない。職員(組合)の意見が多数決でとおってしまって問題である」というもので、一部の校長が「私の考えが職員(組合)によってつぶされる」と都教委に泣きついたからという説明でした。(私の当時の在任校の校長がそのような主旨で話しました)。当時から制度的には校長は学校の責任者であったのですから学校ごとどのような決定がなされようと校長が決定したことになっているシステムでした。校長の考え(都の考え)がおかしい(理に合わない)から話し合うと校長の論理が破綻し、職員の理解が得られなかっただけの話でした。理論が破綻したため、校長は別の決定を自らの権限でしただけです。
自らの責任を放棄して都に泣きついた校長を都は処分すべきでしたが、逆にこのような方向性を打ち出したといえます。都は自らのデタラメさを完成させるには採決禁止までもちこまなければならなかったのです。都の行政(責任は知事ですが)は「話し合う(人の意見を聞く→相手の立場を理解する→相手の立場を尊重できる)」という能力を欠いたまま突っ走ったといえます。それが子どもたちへの教育にどのような影響を及ぼすか火を見るより明らかでしょう。

【178】 都教委(経営支援センター)が調査しても、校長を評価しているのだから本当のことは言わないだろう。職員会議が短くなり、発言することで評価が下がると言われるし、無意味な感じがしている。たった50人の組織を自由に動かし、コントロールできない校長なら辞めさせた方がいいと、民間会社で管理職をしている父親は言っています。
【179】 実際に学校を動かし生徒の教育を担うのは管理職ではなく一般教員です。その一般教員の議決権が取り上げられて以来、教育の根幹が揺らいでいます。校長の指示に従う教員は、おとなしく指示に従う盲従する生徒しか育てられなくなります。
【180】 「みなさんが何と言おうと、私が決定します」と校長は言っていた。たとえみんなが反対しても、どうせ校長が決めるんだ、と思うと、職員会議での発言はおのずと減ってきた。従来の職員会議では、多くの教職員からさまざまな経験(過去の事例、他校での事例、生徒とのさまざまな立場でのかかわり)をもとに、多角的な視点からの意見を出し合いながら、民主的に運営されてきた。都教委が校長等におこなった今回のアンケートでは「無駄な発言が減った」とあるが、これらがけっして『無駄』であるはずなどない。日頃生徒と直接かかわっている教職員が、目の前にいる生徒にとって何がベストであるかを考え、知恵を出し合いながら審議をしていくことは極めて重要である。そして協議の上で民主的手法により合意形成をして、協力しながら生徒に接していくことは、教育現場では不可欠である。     ところが、現在では、校長ひとりの意向で決まってしまう。わずか一人の価値観・思いで決まってしまう。その内容は、いかに都教委受けするかにウェイトが置かれていたり、また校長自身の保身のための言動さえ目立つありさまである。そして、校長の意向に反すれば私たちの業績評価に影響が出かねない。このような状況下では自由に意見を述べることは困難である。   私たちは、校長の意見だから即反対というのではない。すばらしい発想や意見であれば賛同し、ともに学校の運営に協力するつもりである。しかし、近年の管理強化の状況下において、真に『能力』のある教員はほとんど管理職をめざそうとはしなくなった。『能力』のない管理職が(都教委受けするようなパフォーマンスをアピールして)増えていく中で、それをカバーするために『権力』を振りかざすようになった。これが『校長のリーダーシップ』の実態である。もちろん『能力』のある校長も一部にはいる。しかし、彼らの多くは都教委の言論統制の下で真の思いを述べることができずにいる。このような状況下で土肥校長の勇気ある行動に敬意を表し、感謝するとともに応援いたします。
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【181】 職員会議で議論することが少なくなり、単なる報告の場になってしまった。昔は採決することで職員の意向が尊重されていたが、今では”何でも校長が決めるのだ”という印象を持たせ、やる気を失わせた。
【182】 まともな意見(批判力も含めて)が言えない、という教員を生徒はどう思うのかを聞きたい。
【183】 どうせ意見を言っても変わらないとか、校長に反対の意見を言うと特昇や異動で不利に扱われるのではという雰囲気になった。あきらめムードがただよっている。
【184】 職場内のようすが分からない。何を言っても無駄な気がしている。無力感。
【185】 反対意見を言う者を「人事構想外」として強制異動。反対意見は業績評価に即響く状況が発生。言ってもムダ。「聞いておきます」という決まり文句で何を言ってもムダ。教育的観点からみて非常識極まりない。例えば同僚会からの提案すら職員会議での採決は認めないと言うのがあったが同僚会は教職員の互助組織である。異常としか言いようがない。自分たちが積立金を払っている自分たちのみの規約改正についてですよ。[アンケート集約者注:実際は職員から批判され、さすがに「採決」はしたが「職員会議での採決」を怖れる管理職、その意を受けた司会が反射的に採決を止めた漫画的・象徴的事態と言える] 全都校長会は土肥さんを特異な存在として葬りさろうとしているが本音をいえないような校長会のあり方を含めて非常におかしい。土肥さんがんばれ。応援しますよ。会議というのは審議採決してその結果を総合的に勘案して校長が決定すればよいことで採決に何ら問題はない。採決することはおかしいということを言う教委の感覚が信じられない。
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【186】 もとより発言することが少ないので発言の数に関してはあまり変化を感じないが、発言の質や会議に出席、参加することの意味あいが大きく変化したと思う。学校の運営に重要な決定に自らが関わっていないことから、いきおい決定内容への責任感や取り組みへの意欲が損なわれ、職員が校長の意思の実行機関になっていると思う。それが是という人もいるかもしれないが、私は否と言う。長い目で見て教員の質の低下を招くのではないだろうか。
【187】 言えない訳ではないが、言っても意見が結果に反映されないので発言が無意味に思えてしまう。そのうち職会という場そのものが奪われることになると危惧している。
【188】 教育現場で自由に物が言えない状況をうちの管理職は理解していないとしたら、物が見えないとしか言いようがない。職員会議で採決がなくなって管理職が勝手に決めることが多くなり物事がスムーズに運ばない。「エッ、知らないうちに決まっていた」ということが多くなった。管理職は都教委のイエスマンで現場の代表者としてはとても思えない。都教委の指示に問題があるのか常にビクビクして都教委の顔色をうかがう管理職は情けないです。
【189】 業績評価制度ともあいまって、この通達が出たことで格段に発言は少なくなっている。あわせて何を言っても全て管理職の意向通りにするしかないと考えて言わなくなってもいます。校務運営に取組む意欲も薄れてきており、危機的な状況であります。
【190】 生徒に対し、活発な言論を求め、自ら考える力を育成するのが学校の役割であろう。その生徒を育てる教師に挙手すら許されないというのは、何の“適正化”をしようとしているのか。この通知で返ってくる迷惑を受けたのは“良識ある”管理職なのではないか。通知などなくても、指導力のある管理職には教職員は心から協力を惜しまない。
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【191】 本校は特殊な状況下にあります。2年前までは職員会議で意見を言うとそれへの批判が2倍にも3倍にもなって校長から返され、ときには会議終了後に「○○先生、××番までご連絡ください」という放送が入り呼び出しをくらうこともあった。(××番とは校長室の内線番号) 昨年からはソフトな校長になり、一時的に発言は増えた。しかし、生徒指導、教科指導など、どの分野でも校長は自分の考えは一歩も譲らないので「あの校長に何を話しても時間のムダ」という雰囲気が蔓延している。だから発言しにくいのではなく、発言しようという意欲が削がれているというのが現在の状況です。これでは何も改革できず、生徒のことを思うと悲しくなるばかりです。
【192】 何を言ってもムダ。これで東京の公立学校は終わってしまう。20~30年後に公教育の問題点が明らかにされているころには取り返しのつかない状況になっているでしょう。
【193】 問1が①となったのはそれまでの“圧政”が原因。それから“開放”された結果であり、本件とは無関係。問2,3も同じ。問4、生徒不在の労使対決論議に不毛な時間を強いられなくなったメリットは評価するが校長の指導力不足補填目的が情けない。
【194】 発言しにくくなったと言うよりは言っても無駄なので発言しなくなった。言論の自由はあると思う。しかし発言の自由があっても何も変わらないのであれば言う気が起きない。この通知によって発言自体が減り、建設的意見でさえ少なくなっていると思う。
【195】 どこまでも続く終わりのないような学校の解体が教育委員会を名乗る行政機関によってなされて久しい。解体の方法は様々であるが、2003年の10.23通達(日の丸・君が代強制)と2006年のいわゆる挙手・採決禁止ほど、私たち教職員の精神や職業意識を直接的にズタズタにするものはなかった。学校の方針は、校長-副校長-主幹会議・企画調整会議で決まり、多くの良心的教員が排除された。学校組織はみんなで作るものから、行政権力に作られるものへ変容し、校長の意志、ではなくて行政の意志がストレートに貫徹するようになった。校長の権限はコンビニの店長にも及ばないといわれて久しい。そんな校長たちに対してヤラセのようなアンケートが行われたようだが、行政に対する校長の上面の忠誠度を測ることにはなるのかもしれない。このことを考えると、現職で「当たり前」のことを「当たり前」に言っただけの土肥校長の「当たり前」の勇気に敬服する。
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【196】 校長のリーダーシップと自由な討論とは両立できるはず。
【197】 何を言ってもムダという感じで発言しなくなった。(発言しにくくなった気はしないが、発言する気がなくなった)
【198】 職会での挙手・採決禁止などというばかげたことがなぜ「学校経営の適正化」につながるのか全く理解できない。管理する側に都合がいいだけ、ですよね。教員がしめつけられているのに、生徒には「自由な意見を出して積極的な討論をしましょう」とか教えていてわけがわからない。
【199】 本校では職員会議での発言を止められることまではない。しかし「企画で言ってから」「分掌に下りているはず」という言葉は何度も言われた。分掌会議では時間に追われどこで意見を言ってよいのか、他の人はどう考えているのかさえわからず、何年たってもなじめません。
【200】 言論の自由はあるが、会議での発言に価値を感じにくくなり、結局校長の意見で決まるのだから結果的に「発言しても意味がない」と感じるようになった。若い頃は会議での多くの先輩教員の意見を聞いて勉強になったが、今は期待できない。挙手を求められないのだから、真剣に考える必要を感じなくなった。
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【201】 生徒に発言する大切さを教えるべき教員が、発言意欲をそがれるような職場にいる、というのは矛盾しています。生徒にとって説得性のある教育にならないと思います。もっと教員を信用する方向での改革であってほしいと願います。
【202】 そもそも職員会議が“議論の場”でなくなっている。確かに効率は悪いかもしれないが、教員が一同に集まって議論できる雰囲気は教育現場では必要だと思う。(今は企画会議等で全て決まってしまうので、一般の教員は何を言っても無駄という無力感が強い)
【203】 生徒の進路にかかわる臨職など(以前のように)挙手してもらうことは、たとえ直接担任してないとしても、その生徒に責任(興味)を持ってもらう唯一の機会だったが、今それすらも形骸化している。教えてない、担任してない「生徒に教員が無関心」といういやな空気がある。
【204】 採決をしない為、議論も深まらずあきらめムードがある。採決をすると思えば一人一人が生徒のため、学校のためと真剣に悩みつつ、他の人の意見や考えを共有した上で決定してきたのにその大切な過程がなくなり仕事が気持よく出来なくなっている。単なる確認の場になりつつある。
【205】 学校現場での言論の自由のなさが生徒に伝わり、さらに、日本全体にそのような方向になっていっている。ように思える。
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【206】 日の丸君が代問題が原点であると思う。以前、校長が職員会議を退席したことを思い出す。
【207】 議論、採決の場でなくなったため充分な討議がなされていない。単なる報告で終わっている。
【208】 発言内容をもとに業績評価を下げる管理職もいる。管理職に都合の悪いことに耳を貸さない。裸の王様でよいのかと憤りを感じる。
【209】 発言の内容に関係なく、発言が多いイコール異動という結果になっているように思える。
【210】 職員会議を機能させないという意図がある以上、そこで何かを討論することは難しい。又、急な案件があっても「企画調整会議を通してないから」と踏みとどまることさえある。学校において最も急務な生徒指導がうまく流れず指導がなまぬるくなったりする。学校は企画し運営するだけでなく、現場に対応することが最も重要なのではないのか?本当にイライラする。
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【211】 「職員会議の発言は勤務評定の材料とした」と校長は説明していた。恫喝である。
【212】 校長が職員の質問に答えない。校長が職員、生徒、保護者との接触をさけている。
【213】 職員会議のたびに、空しさをおぼえます。
【214】 管理職の方の中にも困っている方がいると思う。現場のやり方を尊重してくれるようなシステムを希望する。
【215】 石原都知事も出演しているあの番組を見ました。勇気のある校長だと感動しました。やはり都教委の通知は行きすぎです。
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【216】 教育現場の自由な議論や意見交換がなくなったと思います。
【217】 職員会議が討議の場でなくなったことで「発言をしても、どうせ原案が変わるわけではないのだから無意味だ」
【218】 「職員会議は時間のムダ」と考える教員が増えて、会議が形骸化し、無機質な報告、連絡だけの場になっている。
【219】 「建設的な意見」を求めるのであれば、都教委は通知を改めるべきである。
【220】 明らかに職員が意見を言ってもしかたがない――というムードになりました。会議が、ただの連絡の場になってしまった感じです。
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【221】 制限を加える側のアンケート集約は意味がない。制限される側がどう感じるかを汲み取るのが「教育的」なものの見方であり、常識である。
【222】 自分と異なる意見を言えば「主幹おろす」「担任はずす」「テメー」「コノヤロー」と恫喝する校長のもとに「言論の自由」など存在しない。
【223】 発言もできないことが多く、質問という形で意見を述べるだけです。制度もそうですが、校長の資質も加わって教員の意見の表明は、大変な不快を耐えなければなりません。
【224】 通知の影響ももちろんだが都立高全体に高圧的で独善的な管理職が増えてきていると、他校の教員との情報交換で感じており、そのために職員会議で発言しにくくなったり発言しても無駄と思うようになってきている。
【225】 校長が教員の意見の多数がどこにあるのかを知る必要があると思う。多数が賛成している方向で校長が決断したのか、多数は不同意であるが校長が決断したのかは校長自身が知る必要がある。
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【226】 雰囲気が暗くなってきた
【227】 雰囲気が悪くなった
【228】 通知が出された当時の勤務校では発言についてはあまり変りありませんでした。しかし挙手は全くなくなり(学校長も困ってましたが)同時に主幹や副校長が下位の会議を経ずに、ぽんと勝手なことを言い、周囲がふりまわされることが多くなりました。
【229】 議論することに熱意がなくなっているように感じられる。ある学校に在職していた時、主幹教諭の一人が「議論するより、まずやってみてください。」という発言があった。次第に言われたことをやればいいんだという空気が濃くなっているようだ。
【230】 通知に関係なく言いたいことは言わせてもらっているので、通知は私にとっては気にならない存在である。
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【231】 三鷹高校(校長)の勇気ある発言を支持します。この発言は真実を語るものとして歴史的に記憶されるでありましょう。
【232】 しても意味がないような気にさせられている。言わなければいけないことは発言しなければと思うが、強い意志とエネルギーを求められる。
【233】 議論の結果としては、大半は了承されるものと思える。しかし考えても仕方がないという気持はどこかにある。
【234】 以前企画調整会議で審議の不具合がある事項なので、話し合っても是正されないまま職員会議に管理職の意のままで何も変わらずに出される。企画調整会議を実施することすら不要である。
【235】 まあ会社的といえば会社的で、全体から見れば普通なのかも知れないが、上は現場で何が起きているのかをきちんと見ていない上に、こちらがいくら策を考えて何かしようと準備しても、ただの一言でくつがえるので、何もしない方がマシ。疲れるし。
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【236】 教室(つまり教育の場)で、指導下手、役に立たない者ばかりが管理職になる。イエスマンばかり。今後の東京の公立高校の展望は暗い。
【237】 何を言っても、校長の判断を左右しないなら何を言っても仕方ないでしょう。
【238】 挙手して採決ができず、不便である。
【239】 11月13日の都教委の「学校経営の適正化について」の調査結果はあきれはてました。自分たちの子飼いの人からの回答を得て、「適正な学校経営がなされている」などと公表するのは一方向に偏った科学的でない結論の出し方であると思います。何としたことかと思っているところでしたので、今回の保護者&市民の会のアンケートには感謝いたします。このアンケートには職員会議等の現状、教員のおかれている現状が反映された結果が出るものと思います。
【240】 本校は職員会議自体存在しません。議論をする以前の問題です。校内研修の重要性が叫ばれ、職員連携会という名の報告会のようなものしかありません。そこで意見を言っても校長が「それでもこれでやってくれ。」と一言いえばおわってしまいます。それでは教員も意見を言う気がなくなります。
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【241】 本校は開設2年目の学校で、開校当初より職員会議がありません。連携会の名称で企画運営会議(校長の決定が多い)での連絡が目的です。各分掌から来る案も報告会のようなものしかありません。そこで意見を言っても校長が職員会議でもまれない為、中途半端なものが多く組織としても主任だけ頑張り、あとはダラダラとマイナスです。
【242】 意見を言っても「決まってます」の一言で終わる為、職員の中には「言ってもしょうがない」と思っている人は多いと思う。また連絡がうまく伝わってなく、指導がうまくできない部分が多々ある。
【243】 ひとりよがりのはだかの王様をなくせ
【244】 職員会議がないので、(連絡会のみ)、来週の細かいことさえ、行事内容がわからないときがある。授業内容を決められず、大変困っている。
【245】 通知以前に、開校以来発言しても聞き入れられない職場です。
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【246】 本校には職員会議すらもない(成績会議も)
【247】 一般の教員が管理職を評価する制度も作らないと一方的な意見や命令だけが降りてきて、独裁的になる恐れがある。現実、起こりつつある。
【248】 物事を決定する校長が責任を取ることがない。今まで通り職員会議で全員で決めるのがよい。
【249】 職場の雰囲気がとても悪くなった。自由にものが言えず、言っても結局変わらないというむなしさがある。トップダウンでのやり方では結局学校をダメにする。
【250】 教員のモチベーションが下がった。議題に対して自分の判断を下さないので、教員の問題処理能力が伸びず、結果に責任も持たない。
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【251】 通知以降、職員の発言がさらに減った。また管理職は意見に対して有効な解答をしていない場合が多い。
【252】 意見を言うことが悪いことなのか?言えば評価を下げられるこわさもある。上から押しつけられたことを納得できなくても行なわれなければならないのか?これでいいのでしょうか?疑問です。
【253】 発言しにくいと答えたのは、主任たちの報告会(企画調整会議など)で決まったことのように職会に下りてくるので、まるで知らないのは自分だけかのように感じ、質問などがしづらくなりました。「合理的な方法」よりも「建設的な議論」をとるべきだと思います。
【254】 会議の時間は短縮され、管理職の考えで学校が動くようになったと思うが、反対の意見は生かされず、一部の思惑で動いているのでは、と疑心暗鬼になり、だれがスパイなのか?だれが敵なのかとさぐりあいがおこり、一致団結して教育をおこなおうという気持ちがなくなっている。自分は反体制派だから関係ないと無責任な教員が増えたのではないかと感じる。意見を言ってもまったく反対され、これをやれ、ではやる気がなくなり、何をやっても、「お前は校長の犬か」と先輩教員に言われれば若手は育たないと思う。
【255】 言っても「ムダ」という気分が広がっている。 いつでも校長が決める。
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【256】 会議で何を言っても管理職には馬事東風。たまに会議や委員会で議論がきちんと行なわれ、方向性がみえてきても、管理職の一声で元に戻る。実際に生徒をみている教員の意見よりも、都教委しか見ていない管理職の意見で学校の方針が定まるのだから、学校が良くなるはずはないでしょう。
【257】 管理・権力に立ち向かう姿勢。私もそうありたい。決して心は負けません。でも口に出さないと、行動しないとね。私、西東京市長と闘っているのです。色つきゴミ袋問題で。(問4 無回答)
【258】 言っても無駄という無気力が広がった。・難しい問題などの結論を出すのが難しくなった。
【259】 ひどいものだ。
【260】 会議で意見を発言することが個人的に「校長に対して学校運営に非協力的」ととられてあきらかな不利益を被っている。(本年度の分掌人事:担任の配置) 主任教諭選定等の際に校長による勤務評価の結果の影響が出る。ますます発言しにくい状況になっていき、勤務意欲が著しく減退する。土肥先生の勇気ある行動に心から敬意を表します。
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【261】 職員会議は企画調整の結果、校長の決定が伝えられる場であり、意見を言っても変更されない。意見を言うだけむだである。一部の教員(主幹)の意見のみで、学校が運営され様々が問題が起きているが、意見を言う場所もなく適正な学校運営とはいえない。
【262】 「学校経営の適正化」の通知以降、職員会議は討議の場からただの伝達の場になってしまったと思います。
【263】 通知以前から業績評価(給与に反映)や異動に関わるので、自由な意見など全く言えない。愚にもつかぬ数値目標をあげさせられている。都民も大学合格者数等短絡的なことばかりを学校に求めていると思う。(私立国立伝統校のサルマネをしてもそれにはかなわないと思う。)校長は全く無能で生徒の実態を知らない。自身の都教委の評価のみを気にしている。
【264】 (職員会議での発言数の変化は)2006年に改課程されたのでそれ以前は分からない。
【265】 民主主義を理解させる学校で教職員の言論の自由・思想信条の自由が無くなっていて、何で生徒に教えられるのかと思う。生徒・学校・教育のためという教委の言葉は嘘であることがはっきりしている。
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【266】 校長のひと声で決定されるようになり「何を言ってもムダ」と諦めて発言をしなくなる教員が(私を含めて)増えたように思う。黙した羊の集団になってしまうのが、生徒にも影響し、ひいては国の方向性にまで及ぶのではないかと危惧する。
【267】 校長の考えと異なる意見を言いにくくなっていると思う。気に入らない発言をしたということ等で「戦力外」通告を受けた人がいた。「建設的な意見」都は校長が気に入るような発言を指すと思われるが、そのような意見は言い易い。あるいは校長側に日和る発言をする人が増える恐れがある。幸い、本校では校長に対して反発が大きいのでないが。
【268】 何を言っても主幹からの伝達が万能になり、職員会議が連絡会となっている。教員による、あきらめ感も相当大きくなってきて、閉塞的な状況である。
【269】 職員会議に出席することが苦痛になり、できれば欠席したいと思います。
【270】 管理職の姿勢が頑固になった。
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【271】 管理職がこちらの意見・発言を聞かなくなっている。
【272】 発言によって業績評価が下がるのでは会議の意味がない。自由な意見が減ってバカな管理職により学校が崩壊するのでは。
【273】 発言しても無駄かなという感じはある。
【274】 自由な意見を通して、一致した意見がでることがなくなった。
【275】 校長・副校長の考えに異議(質問)を唱えることが難しくなった。またより良い意見も無駄に感じて発言しなくなった。
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【276】 そもそも職会での皆の意見の多くはどうであれ、校長の決定に従うというのは、民主主義ではない。
【277】 石原と都教委の全面更迭を求める。教育の民主化の為にも最重要。
【278】 校長が最後に決めるのだから、何を言っても無駄だという無力感が漂っています。一部の教員が元気なだけ。
【279】 上意下達だけの職員会議には出席しても無駄と、職員会議にほとんど出なかった教員が業績評価“D”をつけられた。それほど“今”の職員会議は大切なものなのか?
【280】 土肥校長のような管理職が増えて欲しいとは思うが、本来土肥校長のことを特別な存在を思うような状況が異常なのだと思う。教育は相手が人間の仕事で、教師と生徒、教師同士、教師と管理職が常に心が通いお互いの意見を尊重していかないと、良い教育はできるはずがない。最近10年で教育は形ばかりをととのえて心のないものとなっています。役職が上の人が、下の人の意見を聞かないという態度は許せないし、そういうことは能力のない人がすること。ここは民主主義の国なのかと毎日毎日思っています。
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【281】 言っても仕方がないという雰囲気が底流にあるようになり、学校全体に活力のなくなる遠因となった。管理職は自分が決定すると言っておきながら自分の手に負えないものには職員の意見を求め、ご都合主義である。確実にこの学校は自分たちと生徒で創るという空気がなくなった。
【282】 私は発言よりもその発言を無視して物事を決める校長が許せません。それなら発言する時間が無駄だと感じる人は多いはず。挙手(採決)ができなくなったことがとても大きな問題です。
【283】 職員会議では「多数決も拍手もなし」になって、非常に非民主的になったと感じ意見も言えない。当然言っても(理解されず聞かれず)空しいという気持ちがあって会議をいっそやめてほしい、時間のムダ!という気がします。もどせるなら声を上げたい。
【284】 学校をよりよくしよう、という気持ちをどんどんそがれている。いろいろな意見があってはいけないらしい。校長の「強権発動」もあった。この仕事についていること、子どもたちに接してゆくこと、すべてがむなしくなる。
【285】 挙手採決の禁止によって、会議で発言しようという気がなくなりました。会議はいわゆる“声の大きい人”“えらい人(主幹)”らの発言がもっぱらで、全員の意見が正しく反映されているとはいいがたい状況です。土肥校長の判断は称賛に値すると思いますが、他校の管理職にも、もっとこのような考えを持ってほしいと思います。
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【286】 単なる上からの伝達機会と化し、意見の交換もままならない場になったと思う。
【287】 民主主義の国家では教育は民主主義であるべきだ。
【288】 民主主義憲法にのっとった教育を行うべき学校において、生徒に最も近い現場の教職員の言動が民主主義の観点から制限されるのは望ましくない。
【289】 都教委が変わらなければ、都立高は良くならない。
【290】 閉塞感を助長したように思う
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【291】 学校管理職は独断専行・トップダウンをリーダーシップだと誤解している。通知によりますます学校管理職には他者の意見を聞き思考することやまともな議論をすることができない人間が増えた。
【292】 東京都立学校が真の意味で「適正化」されるにはぜひとも保護者や都民の方々の力が必要です。ぜひ後押しをお願いします。
【293】 通知以前(特に2~3年前から)から、職員会議での発言は少なくなったように思います。会議で何を言ってもしょうがない、管理職の人柄によっては後で何をされるかわからないという雰囲気もあります。
【294】 常識と良識と公正さを回復しましょう。
【295】 昔と言っても数年前だが、本当に皆で意見を出し合い、学校をどうするか、生徒をどうするかを、時間をかけて話し合ったと思います。皆で何時間もかけて話し合い、結論を出しても校長の鶴の一声で、白が黒になってしまう。本当に職員会議から活気がなくなりました。
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【296】 もともと会議というよりもその意見・我を通す、声の大きい人の方に傾くような感じではあったと思う。ただ建設的な意見が出にくくなったかもしれない。
【297】 職員の自由な意見を封殺して、生徒の言論の自由は育たない。
【298】 校長が勝手にやっているという感じだ、学校が私物化される。
【299】 司会が、もめている案件があってもどんどんスルーして終わらせる。そのスルーする加減といったらすさまじい。話し合いじゃない。発言しても誰も何も言ってくれず、自分の意見が承認されているのかどうか自信がなくなったり、かえって迷惑だったりするのかと嫌になることがある。職員会議以外の、ごく一部(ex.主幹会議)では“建設的意見”が出てるかもしれないけど、それは職員会議とはちがう。“破壊的意見”であることも多い。
【300】 発言してもムダになりつつある→発言しなくなる→職会必要なし、伝達のみなら不必要。しかし形はあたかも民主的なように会を持っている。
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【301】 意見を言っても最終的には校長が全体の意向を無視して決定するのかと思うとバカバカしくなることもあります。意見を言うほどでないにしろ挙手による意思表示くらいさせて欲しい。
【302】 意見を言ってもムダというムード
【303】 問2に関して、私自身、既にそれ以前から都の状況に失望し、以前(2004年以前)より発言回数が減ってしまいました。都立校生だけ(都立の教員も)強いられている授業「奉仕」の全廃に向けてご協力頂ければ幸いです。
【304】 職員会議での挙手・採決禁止はやり過ぎであると思う。日の丸・君が代を強制的にやらせるのと同じである。こういった突出したことは多数の意見で無くすべきであり、そのために協力すべきと思いました。
【305】 多数決が全てよいとは思わないが、「発言しても結局校長がお上の意向の方向で決めちゃうんでは」という発想・雰囲気になり、心ある人ほどバカらしくなってしまう原因になっている。
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【306】 許せない暴挙であると思います。
【307】 会議で教員が意見を言えない。そのうち、HRで生徒が意見を言えなくなる日がくるんでは…?
【308】 発言してはいけないとは感じないが、意見を言っても聞いてもらえない、変わらないという、あきらめ感を持ってしまい、志気が上がらない。
【309】 言っても無駄、とか(最初から)校長の胸中にすでに結論があるのだと思うと、(それにのまれてはいけないと思いながらも)ヒタヒタと虚しさを感じているのは事実です。幸い、まだ、地獄へ送ってやりたいほど極端な決定の場には出会っていませんが。(近いことはありましたけれど。)
【310】 どんな有能な人物でも、学校の全てを一人で把握できるはずはありません。多くの人の意見をもとに学校を運営していくことが大切と考えます。2006.4月の通知はこれに反するものです。都教委はこの通知を撤回すべきです。
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【311】 こんな方法論しかないのか
【312】 職員会議での意見がかなり減り、むしろ、別の形で教職員の意見を管理職が求めることもあったり、企画調整会もどきでの意見を全てと思われたり、いろいろ問題が多い
【313】 職員会議の内容が、形式的になってしまった。
【314】 必要のない通知である。
【315】 会議はほとんど連絡のみとなり、意味がなくなり 共同して物事にあたる雰囲気もなくなった。
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【316】 アメリカの教育視察団が評価した、一般教員の学校経営への参画意識など、日本の公教育の強みだった部分を破壊する行為であると思います。このところの都の教育改革は、現場の教員を締めつけるだけの結果になっている。
【317】 様々な意見を聞く機会が減少し、言っても仕方が無いという雰囲気が満ちている。連絡のみで終始し、建設的な意見が出なくなった。教員のやる気がうせた。
【318】 いろいろな意見が出、議論しても結局管理職の「鶴の一声」で決定してしまう(ないし、引っくり返されてしまう)ので教員の中で「発言してもしかたない」という無力感が漂う。又、会議に諮ることなく管理職から出される事案がとても多くなったように感じている。
【319】 これも行った、それも行ったとお題目だけで、有意義な事は少ない。誰かの出世のためのお題目で、内容がない。こんな形式だらけの教育でいいのでしょうか?日本人は形ばかり整える国民になってしまう。精神的なバブル崩壊も近いのではと危惧してしまいます。
【320】 これからはボトムアップの時代と、主導主事から聞いたことがあるが、管理職の意識が変わらなければ、トップダウンのままである。
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【321】 採決によって意思表示をする、ということがなくなり、各自の考えを また、全体的な方向は示せなくなった。発言しても変わらないなら言っても無意味とは思う。結果としてはモチベーションは下がるのが当然。
【322】 職員の発言の内容がどの職場においても、暗に異動や勤務評定に影響していると思われてなりません。
【323】 学校がリベラルでなければ、教育の発展はない。
【324】 職員会議が長引かない、ということがどういうことなのか。以前は遅くまで話し合った会議の良かった点がすっかり今は無い、と思う。
【325】 都教委の背後に政党の思惑があるのかもしれず、(民主党議員も問題あり)、やはり多様なチャンネルを通じて常軌を逸した通知を撤回させるべくお力添えお願いします。
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【326】 上意下達の連絡事項のみの会議になってしまい、教職員間には何を言っても意味がないというような諦めムードがただよい、会議が活性化しなくなった。 通達以来、学校全体に閉塞感がただよい息苦しい。教育問題について以前のように熱い議論を戦わすようなことは全くなくなり、学校教育の危機ともいうべき状況である。
【327】 職員会議は出来レースです。意見の表明はあっても結論が決まっているのですから、あえて、リスクを背おって意見を出そうとは思わなくなりました。逆に、他の教員も考えを出さないのですから、他の視点でものごとを見たり、捉えたりする機会は激減しました。新しい考えや捉え方については、職員会議ではもちろんのこと、普段の会議でもふれることは、なくなりました。職員会議は、決まっていることの伝達機関であり、会議ではなく連絡にすぎません。一つ一つの決定事項に深くかかわることはなくなりました。責任のない部署にいる私にとっては、ほとんど物事を考えなくなりました。以上。
【328】 先般の校長への「調査」において例えば「発言をしなくなった」との問いに対して回答した管理職員はどのような基準をもって「いいえ」(or「はい」)と判断したか、の点が全く不明瞭でナンセンスです。統計的な検討に耐えられる調査でしょうか? 問2に関連して。発言の「不自由」は感じないものの、「無力感」は日増しにつのり、会議出席の意欲はほとんどなくなりました。その点にこそ問題があるように思います。学校運営への主体的参加のモチベーションは消失しつつあるように強く感じます。
【329】 自由な討議の場が失われた。どうしても採決をしないので話し合いをやっても無駄になるように感じるし、何が結論であるかが明確でないのでその後の行動がとりにくい。教職員の方に民主的な話し合いがおこなわれていなければ、生徒達にも話し合いをするよう求めていけない。
【330】 何を言っても仕方がないという雰囲気になった。それにより、発言をしない方が増えた。せもても抵抗で、発言機会を増やすようにしている。
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"【331】 校長に聞けば、当然、上記のような答えになるでしょう。違えば、責任を問われるでしょうから。
問2は「発言し難くなったとは思わない」と答えた。しかしバカバカしくなって発言しなくなった。
"
【332】 少なくとも本校においては必要のなかった通知であると思われます。
【333】 挙手による意思表示を禁ずるという暴挙がなぜ、公にまかり通るのか理解できません。
【334】 現在、職員会議の形骸化が甚だしいと思います。会議に参加することさえもばからしく、欠席者も増えているのではないでしょうか!
【335】 校長、副校長に調査して、何の意味があるのか。都教委の魂胆丸見えの調査でさえ、100%でない。「いいえ」以外が12%もあることに注目したい。学校と株式会社は、目的そのものが違うという、基本的なところを考え直したい。
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【336】 言論の自由がなくなったというよりも、「どうせ言ってもムダだよな」という気持ちになりました。職員会議で「それは企画調整会議を通してますか」とい言われると「すみません」と反射的に言ってしまいますが・・
【337】 職員会議で発言したところ(前)校長が「職員会議は意見や議論の場ではない」と一言。それ以来教員はほとんど意見を言わなくなりました。約1時間の会議で(前)校長の演説が約20分。会議が長引かないのは良いかも知れないが、シラーとした時間です。プリント配布のみで事足りるのが今の職員会議です。
【338】 業績評価(無能な校長による恣意的評価)によってがんじがらめにされており、職場全体が活気がなくなっております。一部の上昇志向のある方々によって、意思決定がなされていき職員会議は死に絶え、「職員連絡会」に変質してしまっています。このままでは、都立高校は都教委の単なる出先機関になってしまうでしょう。
【339】 現校長は教員のことを考え民主的だが、前校長はひどかった。「職員会議を認める気はない」と公言し、一般教員の意見を完全に無視した。管理職によるわけだが、少なくとも反動的な者が上司になった場合、あまりにも有害なものであることは間違いない。
【340】 書類ばかりがやたらと増え、意見も言えず、その上教員の責任が問われることが多くなり、公立学校の良い面(比較的自由な雰囲気)が失われてきたと思います。
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【341】 学校という”学問の場”で意見あるいは異見を言うことが出来なくなるという異常事態。日本の公教育は”学問の墓場”となってしまうだろう。
【342】 現在、様々な会社は特に現場の声を大切にするのに必死になってるのに、行政の世界のように上の言うことは「絶対」となったら・・これは民主主義ではない!現場の人間のやる気を上げるような努力をして欲しい。以前の校長は「あなたの意見は聴きません!」という空気を出しまくっていた。
【343】 校長、副校長、経営企画室の連絡、報告で会議の大半を費やしてしまっている。残念なことですが、自由に発言する雰囲気が失われてきていると感じています。
【344】 あまり重要とは思えない案件についての意思決定スピードが低下したために、効率が低下しているのは否めないめない事実だと思います。
【345】 「意見を言っても仕方がない」という雰囲気がある。その中でも意見を述べる方もいるが、自分自身は空しい気がする。現状ならば、時間をとって会議をする必要はなく、伝達事項は書面で回覧するだけでよいと、忙しい時など思ったりする。
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【346】 職員会議が形骸化し、意味を持たなくなっており、職員組織が壊疽しはじめている。
【347】 教育は教員同士、さらに教員と生徒との間に精神的な自由が保障されなければ、正常な営みは成立しない。「学校経営の適正化」は本来の教育行政に反していると思う。
【348】 職員会議などさっさと終わろうという雰囲気の学校がふえている。
【349】 主幹会議の内容がまったく伝わってこない。職員会議と主幹会議で発言を使い分けているとしか思えない主幹もいる。民主主義の危険を感じます。
【350】 無気力な雰囲気が職場に入り込んできているような雰囲気がしています。
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【351】 武蔵野公会堂の集会、参加してきました。土肥校長の言うことに都教委は正々堂々と反論するならすればいい。のにしない。できない。ヒラ教員として、土肥校長を応援しています。一石を投じていただきありがとうございます。
【352】 一部の意見が全体の意見にすり替えられているような気がします。落ち着いて話し合いができる会議、必要ではないかと思います。
【353】 土肥先生、がんばってください!
【354】 すべてが企画調整会議で決まっている。意見が出しづらい。主体的にやろうというヤル気がなくなる。
【355】 前任校では校長に『学年主任を通して校長に話すように』言われ、私が直接校長に話しをすることをとがめられました。人格者が校長、副校長になるような選考方法を都教委に考えていただきたいです。
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【356】 管理職(A官、B官も)のアンケートは記名式で、その結果は全てエクセルで入力され、反抗的だったり、「この研修は役に立たなかった」と書いた人は要チェック人物とされ申し送りされます。本音は書けないですよね~
【357】 職員同士で話し合いや会議をしても、それとは違う方針で物事が決められてしまうことが多々あるように思います。現状を踏まえ、いちばん良い方法を考えていくのに、教員の意向が反映されないのには危機感を覚えます。
【358】 意見を言うこと自体はできますが、最後は校長が決めるわけなので、まるで言う意味を感じなくなった。実際に校長と異なる意見は取り上げてもらえないので、自分としては、かなり発言しなくなっている。生徒・学校のことを第一にする、能力のある管理職であることを願うしかない。
【359】 職員会議は報告の場になっているので、そこで意見が言える訳がないと思うし、企画調整で話し合いができているか知りませんが、伝わってこない。不透明で、なんとも居心地悪い。勝手にやってくださいと思ってしまう。早く退職をしたいが、生活のためがまんする。
【360】 生徒と一番近い現場の意見が反映されない!
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【361】 教育は誰か一人の考えを押しつけるものではない。多様な意見を集約してこそ組織が活性化し、自由な教育が守られるものである。
【362】 発言することが無意味に感じられてしまう。管理職が好きなように考えて学校運営をし、責任を取ればいいだけのこと。
【363】 11月13日の報告の件を迂闊にも知りませんでした。2006年以降、ヤル気がどんどん失せています。
【364】 言わなければいけないこと、聞きたいことなども昔は、いろいろな人が手を挙げてたずねてくれていたが、その数も減ったので、以前発言しなかったものも少しは手を挙げてたずねなければと思うようになりました。
【365】 自由に意見を言っても時間のむだだと思い、仕事のやる気がうすれていく。
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【366】 教員の意見が校長の決定によって否定されてしまい、積極的に取り組む気持ちを失わせてしまう現状がある。職員会議に出たくない。
【367】 意見を言っても反映されないだろう、というあきらめムードが先にたってしまう。何か言うと、自分のせいで長引かせてる?と思ったりする。
【368】 時間をかけて話しあったのに、最後に校長の一存で決定するのは、まったくやる気をなくします。ただ単に”話しただけ”で何も意味がないのでは、時間のムダに思えます。
【369】 発言する気がなくなった。
【370】 挙手・採決が禁止になったことで、積極的に発言する方の意見ばかり目立ち、発言されない方の考え方・意見がわかりづらくなった。教員間の意志の疎通に大きな影響が出ている。また、人事考課制度の評価を気にして校長に批判的な意見が言いづらくなっている。
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【371】 建設的な意見の交換がなされても、まったく無意味である(校長の一声で決まってしまう)ので、皆、意見を言わなくなってしまった。
【372】 自由に発言しにくくなったとは思わないが、馬鹿馬鹿しくて意見を言う気にならなくなったとは言える。
【373】 教育の現場において上意下達は有害であってなんのメリットもない。
【374】 学校全体を考える視点がなくなり、自分のテリトリーだけをやればよいと考えるようになった。
【375】 生徒と直接関わっているヒラ教員の意見が反映される場がなくなった。どうせ言ってもムダだからと、職員会議を聞く気がなくなった。上の決めたことをプリント(異常に増えた)で配るだけなら、紙と時間の無駄。仕事をやる気も失せる。
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【376】 管理職が職員会議の司会をしていて、どんどん早く進めようとしていて発言の「間」を取ってくれない。職員の間でも職員会議で発言しにくい雰囲気が広がっている。
【377】 物言わぬ=言えぬ 職員が増えた。あの通知は有害以外の何ものでもない。土肥校長、共にがんばりましょう。
【378】 民主主義を教えたい学校で、非民主主義的学校経営がおこなわれているのはおかしい。多くの職員の意見が反映されず、管理職の意向のみが素通りで出ていき、現場は困っている。
【379】 新設校で初年度は職員数が少なく、発言しにくい雰囲気であった。3年目となり、少しずつ発言をする人は増えてきたが、会議の時間設定が短く、報告のみで意見を述べたり、議論をする時間がとられていない。校内的には、新しく決定していく事案が多いにもかかわらず、一部の人の意見で決まっていく事に不安を感じる。
【380】 通達だけではなく、全般的に管理職の「権力」(悪い意味で)が強まってきた結果、報復人事などがこわくて物を言わなくなった教員が確実に増えていると思います。特に最近は管理職の資質も低下してきているので、「何をされるか分からない」と感じて、じっと黙っている教員も少なからずいるのではないでしょうか。「社長が支店長に『不満はあるか』と聞くようなアンケートをやっているのですから、行政の方々の資質の低下もひどいものですが。
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【381】 職員会議がそれまで持っていた、学校としての課題についての共通認識を形成したり、その課題の克服にむけての全教職員の叡智を結集する場として機能を失いつつある。それは、今回の挙手・採決禁止問題も含めて職員会議を形骸化する都教委の意図的な政策によるところが大きい。
【382】 昨年、職員会議で発言した翌日に、校長に呼び出され「二度と職員会議で発言しないように」と注意されました。どうしても発言したいことがある場合は「事前に企画調整会議に出ている主任にお願いして、代弁してもらえるように努力しなさい」とのことでした。私はとても悲しい気持ちになりました。その後、私は全く発言していません。
【383】 本当に私利私益を捨てて発言しても、校長に反抗的発言ととられ異動対象にされたり、いわれのない屈辱をうけたりする。職員会議で発言するだけで、異動1年目の人はみんな人事構想外といわれた。
【384】 現在、東京都教委の行っていることは、言論弾圧そのものです。今の社会では異常なことです。その異常さを広くマスコミ・世論に訴えて、変えていかなければいけないと思います。どうぞよろしくお願いします。
【385】 前任校でも通知以降、リーダーシップと独断専行をはきちがえた校長が着任し、職員の意向をまったく無視した学校運営を行っていました。本校でも、前任の校長のときとはまったく職員会議で採決して決定することができず、校長の独断で重要なことは決められていたところです。
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【386】 現校長は教育課程変更・特進クラス設置を早急に進めようとするため、それに反対・熟考すべき等の意見した教員に対して、必異動でもなく担任途中である教員に対して「異動させるぞ」と脅かしをかけ、暗に発言を封じこめようとしており、都教委の報告は偽善・隠ぺい以外の何ものでもない。
【387】 職員会議で校長や副校長に対して意見を言った教員が、「来年度の人事構想外」と面接で校長に言われ、異動させると脅された件が本校では何件もあったという事実を知った。
【388】 何もものをいえない雰囲気ができた。異動など絡めて、極めて不当な態度だと思う。
【389】 教育現場での上意下達、学校経営者が部下に命令して従わせるようなやり方は、教育を大いにゆがめている。能率生産性向上が教育ではない。利益をあげるために生産性を向上させるのが教育か?明らかにまちがっている。
【390】 私自身のことについて言えば発言回数、内容等は変わっていないが、話をまったく聞かないまたは聞いても自分の意見を絶対変えないような管理職の場合、どーせ何を言っても無駄という雰囲気になっている。
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【391】 学校長の学校経営方針に反対意見を言ったら、来年度、人事構想外と言われた。言論弾圧以外なにものでもない!
【392】 2006年の「学校経営の適正化」についての通知以降、管理職(特に校長)の独断で学校経営がなされていると感じる。日々、生徒たちに接している教員からの建設的意見であっても、校長と意見が反する場合には“反対意見”とされてしまう。このままでは、生徒達から不信感を抱かれ、また、生徒達のためではなく、管理職のための学校になってしまうと思う。生徒達にきちんと目をむけられる、教員の声に耳をかたむけられる、温かくて賢い学校長を切望する。
【393】 職員会議の発言で校長から感情的に反対されたので人事構想外だといわれたりする人が出たりしている。明らかに言論弾圧になっている。
【394】 どんなに意見を言っても、結局結果は決定済という感じで、むなしくなることがある。
【395】 学校の中のことは管理職も含め、しっかりと話し合う必要があります。
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【396】 私自身は発言しているが、いくら発言しても、それが生かされている実感がないため言わない人は出てきている。「生徒のための意見が通らなくなる」のれんに腕押し・豆腐にクギ。やる気がなくなる。
【397】 学校運営に職員会議の審議を反映する、あるいは判断する場合に、挙手もなければあいまいではっきりしない。自分が学校運営に関わっている気が薄れる。生徒に民主主義を教える感覚が育たない。
【398】 発言しにくいというよりも、「あきらめムード」が漂っている気がする。
【399】 上意下達になってきたと思う。
【400】 「どうせ最後は校長が決める」と思うと意見を言う気力もなくなる。
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【401】 ひたすら空しいものを感じる。“何を言っても無駄”
【402】 一部の人が事を進めるのは良くない。企画調整会議は廃止するべき。
【403】 職員会議が単なる職員連絡会議になってしまった。教員がロボット化し、意見のない人間の集団になった。激論を闘わせていた頃がなつかしい。会議が早く終わるのはいいが・・・。
【404】 職員会議をひらく意味がなくなった。
【405】 意思決定に参加していないと、個々の教育の責任意識が弱くなる。
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【406】 職員会議で意見を言ってはいけないという事はないが、何言っても校長が聞く耳を持たないので、言ってもムダという空気が流れていて、みんなだまっている(私も)。しかしながら昔は教員みんなで学校をよくしようとしたが、今は管理職が勝手にやってくれるので、何にも考えなくていいので、すごく楽で~す!
【407】 話し合いによって物事をよい方向に築いていく態度を子どもに教える場が学校です。その教育を否定することにつながる通知は撤回されたい。
【408】 業績評価でも直接し、以前のような活発な討論がしにくくなった。教員の発言途中、管理職から「ここは討論の場ではない!」と、発言の制止があった。同僚が教育についてどのような考えを持っているのか分かりにくくなり、コミュニケーション不足を来している。
【409】 何を言っても無駄、という無力感が学校内を支配しているように感じます。』このまま、学校教育はどこへ連れていかれるのでしょうか。不安です。
【410】 職員会議が単なる“決定事項の連絡の場”となった気がする。自分たちの学校を皆で話しあってよくしていこうという雰囲気を持ちにくくなったと思う。
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【411】 誰が何を考えているのか、誰が決めているのか、などが全く分からない。職員間の信頼関係も希薄になっている。
【412】 上意下達で、学校運営に関与しているとはとても思えない状況である。
【413】 学校現場の活気がなくなってきています。都立高校の将来が心配です。
【414】 意見を言っても決定に影響を与えないので、意見を言う気にならない。決定へのプロセスに関われないので、勝手に決めてくれと言う気になる。
【415】 土肥校長は凄い!微力ですが全力で応援したいと思います。
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【416】 何をどう意見したところで最終的には校長判断になり、挙手・採決も禁止されているので、とても民主主義的に会議が行われているとは思えない。結果、最終的に言いなりにならなければならないのであれば、会議する意味はまったくなく、書面で命令されている方がまだ時間の無駄が少ない分、建設的な雰囲気すら最近してきました。学校の現場は、憲法で言う言論の自由は守られていない環境だと思う。
【417】 企画調整で決定し、職員会議で周知するような形では職員会議で発言してもムダだという気持ちになってしまう。
【418】 発言しても仕方がないので無意味な時間は取りたくない。
【419】 (問4無回答)誰から見て、誰に対して教育的観点から見て有益なのか?都教委・校長・教員・生徒・保護者・他都民
【420】 民主主義社会の市民を育てる場である学校にあの通知は不適当である。何を言っても、ムダという無力感におそわれることがあります。
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【421】 意見を言っても仕方がないので、会議で発言をしなくなった。
【422】 土肥校長だけが突出しているわけではない。声なき声の多数がそう思っている。今こそ声をあげなければ。
【423】 言ってもダメ、言わなければされにダメ。意欲のわかない学校長の管理姿勢にうんざりしている。
【424】 本校の校長は発言については、容認しているが、「批判的な発言、即、勤務評定での報復評価」という校長も存在し、そのような学校では自由意志も表現は難しいと思われる。「十分な議論をしたうえでの多数決と少数意見の尊重」が民主主義の基本を教える場で「基本」が実施されないのは大いに問題である。
【425】 愚作を葬り去るしかありません。
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【426】 活発な議論が減った。 
【427】 「挙手・採決禁止」は民主主義に反する!!おかしい!!
【428】 まず、常に不安を抱える状態におかれ、本来の仕事に時間を使えなくなった。教員同士疑心暗鬼になり、協力し合えなくなった。上からの評価、しめつけ、給料による脅しによって自由にものがいえなくなり、やる気がなくなった。
【429】 民主的な討論ができなくなった。校長の一方的な判断がなされるようになり、職員の意見が取り入れられなくなった。
【430】 職員会議で生徒の進退等、大切な事柄を決める際、採決禁止になり、非常に職場が混乱していると思います。
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【431】 通知以降、校長が教職員の意思にかかわらず、自分の判断で何でもやれるんだという雰囲気が出てきた。こうなると、教員も何を言っても無駄という気持ちになってきて、発言しなくなる。発言しないと物を考えなくなる。
【432】 意見が出ず会議自体無意味で単なる報告会に・・・。企画調で決めた事が全て正しくそれだけで学校運営が円滑に行くと思う発想自体そもそも間違い。
【433】 なるべく意見をいうようにしているが、他の人たちが発言しないので空しさを感じ、回数が減っている。企画調整会議でも自由に意見を述べることができないようで、そのメンバーの小言をよくきく。また職員会議で意見を言っても「意見としてお聞きする」との返事で何も変らない。朝の立ち番をやっていて、校長も時々立っているが、生徒へは声をかけずに私達に「あの生徒は服装がだらしない」など言ってくるのみである。これで適正な学校運営ができているのでしょうか?
【434】 「学校の言論の自由を求めて」をいただき見させていただきました。実習助手でどう受けとめたらいいかです。いろいろあります。大集会、安心して出て行っていいんですか??
【435】 あの通知自体が学校の影響は大であり、本来の職員会議とはかけはなれたものになっている。そして、都教委は管理職だけに調査をしている。その結果、適正な学校経営がなされているとなっているが、その結果は全く無効である。
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【436】 功を急ぐ校長が、全体を統率することと単独で組織の意思を決定することを混同している。
【437】 校長は、自分ひとりの狭い視野の中で決めます。一般職員の言うことも、主幹たちの言うことも耳に入らないようです。また一部の主幹はそういう校長に迎合しています。校長は都教委に点をかせごうとするだけで現場の声など聞かず、生徒指導、人事に支障が出ています。声をあげることに無力感を感じさせられます。我が校では「適材適所」は死語です。
【438】 言論の自由云々というよりは、職員の仕事への責任感や意欲が減退したし、かえって運営が難しくなっている。11/13発表の都の調査の仕方自体、ナンセンスな事を報道してほしい。
【439】 都教委は、管理職だけでなく、平教員にも調査をしてほしい。職員会議で発言したら、異動させられる我が校に言論の自由はもはやない。職場の環境改善をとなるように制度をかえてほしい。
【440】 校長がワンマンになる傾向が強くなり、学校の言論の自由が奪われることによって、何ひとついいことがありません。最近の学校現場は、活気、ゆとりがなくなり、ダメになってきています。
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【441】 生徒に民主主義を教える学校において教員の方が、全体主義的に抑制されているのはとんでもないことである。校長の横暴がまかり通る教育現場と化している。
【442】 教員の間には「意見を言ってもどうしようもない」という雰囲気が充満している。管理職の言う「建設的な意見」とは、結局は「管理職の意に沿った意見」なのではないだろうか。結局、様々な意見を検討・調整する機会がなくなり、教員の当事者意識を希薄にしているだけだと思う。
【443】 意見を述べても何も変わらないという雰囲気があり、発言が少なくなった。
【444】 民主主義の根幹を揺るがす通知で絶対許せない。
【445】 企画調整委員会にも出席していますが、ほとんどの事細が企画で決められて、職員会議は連絡のみの場となっている。決定事項が連絡されるだけ。
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【446】 「前の状況」が分かりませんので、参考程度に・・・
【447】 管理職の顔色をうかがいながら発言するかどうか考えている人が非常に増えた。
【448】 学校は民主主義を学ぶ場でもある。民主主義の根幹に言論の自由がある。今年度の管理職は強権的ではなく(すくなくとも昨年と比べて)、発言しやすい雰囲気になったとは思うが・・・。
【449】 通知が出されて以降、校長や不合理、非合理な考えを一方的に押し通す傾向が強まった。学校現場では生徒の側に立った議論が行われない状況に陥っている。
【450】 カンちがいをする校長が増殖するのでは?まさに独断専行をすすめています。一方、教員の意見をきく機会が減って困っている面もあります。
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【451】 職員会議の意味がまったくなくなった。教員が自由に考え、工夫することが制限されている。やっていて、ものすごく憤りを感じる。
【452】 職員会議に出る意味がなくなった。企画調整で何かを決めていこうとする方向も見え、主幹として参加している立場でそれを注意している。参考にするだけなら言わないし、責任は全て管理職が取るべきである。(思い通りに進めていくのであるならば)
【453】 挙手採決の禁止によって、学校現場で教員が協力してやっていくことが非常にむずかしくなっていると思います。学校の不活性化を協力に進める有害な施策です。早急に撤回しないと、都立学校はとりかえしのつかないダメージをうけると思います。
【454】 この事をもってして“適正化”が図られるとした発想の持ち主の貧困さとそれを推進しようとする都側の硬直さに唖然とするばかり。まあ実際は上記のように変わるわけがないが。
【455】 「言ってもしょうがない」空気が明らかにあります。
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【456】 校長を対象とした調査を行ったこと自体、こっけいだと思いました。調査をせずとも、都教委にとって好ましい結果が出ることははじめからわかっているはずですから。
【457】 発言→勤務評定→異動や昇給への影響、これでは自由な発言など無理です。
【458】 公教育は民主化を実現する、或いは、しようとする場である筈。教職員の意向をふまえずに適正な教育活動ができるのか。今の東京都教育委員会はファシズムそのもの。
【459】 都教育委員会は、校長だけでなく、全教職員にアンケートを実施すべきです。これでは、物事の一面しか見えないと思います。
【460】 新聞誌上でたった5校しか「はい」と答えた校長がいなかったとの事。どういうアンケートを行ったのでしょうか?校長自身も強く管理されていると感じました。
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【461】 一部の管理職・主幹でほとんどのことが決められて、自分が学校運営に関わっているとは全く思えなくなった。
【462】 管理職の顔色を伺う人が増えたような気がします。また意見を言っても右から左へ聞き流されているような気もします。
【463】 会議(すでに会議とは言えない)が短時間で終了するという点のみがメリット。
【464】 前々任校、前任校と、どこでも判で押したように「何でも言わない」あり方に変わってきた。職員室の集中管理の強化に伴い、私的な会話でも「物を言う」機会が減り、主幹・主任・ヒラの分断統治が進んでいる。
【465】 職員会議は完全な報告(連絡)の場になってしまい、意見を言ってももう既に企画調整会議で決定していると言わんばかりです。回数も減り、本当の形骸化した無意味なものになってしまったという印象です。
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【466】 校長が判断するといっても職員の意志は確認すべきだし、どういう形でもやらなければおかしい。 教育委員会は上からの命令には文句をいわずに従う教員が良い教員だと言っているに等しい。
【467】 あの通知は意味が無いと思う。目的がよく分からない。
【468】 何を言ってもしかたがないというムードになっていると思います。
【469】 学校で何をやるかor生徒の問題、その他様々な問題を決定する場合に若い教員も、ベテランも皆で考え、それぞれが判断することが大切→自分に関係ないこととしてしまう。当事者意識がキハクになる!
【470】 学校長は職員会議以外の場で教員の意見を聞こうとしており、そういう意味においては、ある程度学校の経営に教員の意見を反映されていると思うが、個々の意見なので、公平に反映されているかわかりにくい。
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【471】 おカミから命令がおりてくるだけ。学校を作っていくという雰囲気なくなった。そうされちゃ困るから、通知を出したわけでしょうけどね。
【472】 聞取り調査のやり方に問題。管理職だけでなく、一般教職員のデータを採取しないと「学校経営の適正化」について判断できない。
【473】 権力側のやりたい放題の時代。でも決してこれが続くわけはない。戦い続けるのみ。
【474】 校内に必要以上のヒエラルキーを作り、判断者と行動者を区別することは、教員の自発的生徒指導(全ての教育活動という意味での)の阻害以外の何物でもない。
【475】 組合(都高教)が直接このアンケートに取り組めないことに大きな疑問を感じています。
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【476】 現在の職場は自由に発言できる雰囲気があると思いますが、他の職場では「ほとんど発言がない」「会議の意味をなさないので出席したくない」などの感想があるそうです。
【477】 2006年以前がどのようであったか知らないのでアンケートにうまく答えられていないかもしれません。ただ、採決がなく、議論が平行線で終われないケースがよくあると思います。
【478】 所謂「適正化」通知の結果、教職員の間には「何を言っても無駄」というあきらめ、ないし無力感がただようようになったと感じます。学校教育の担い手・当事者という意識が薄れ、教職員自治の気風が失われていくような危惧を抱きます。早急に教職員・市民の力で廃止させたいと思っています。
【479】 自由に意見を言えない組織は衰退する。様々なアイディアが出ないため、今やそれも「こっちの知ったことではない」と職員会議に出る気もしない。遅刻して行き、勤務終了と共に退室しています、これでいい学校運営ができると思いますか。この通知は馬鹿げている。
【480】 「余分なことを考えず、言われたことをやりなさい」という通知。著しく意欲を削ぐ。
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【481】 意見はともかく具体的な日時の決定や急を要する日時の変更の話し合いにまで制約が及ぶのは効率を下げるだけだと思う。そもそも問うならば管理職の手腕を問うべきで、一般の教職員から規制をかけるやり方自体いかがなものかと思われる。
【482】 教師が自分で考え生徒に対する姿勢がなくなると思う。教員一人一人が、何を考えているのかわからなくなった。又、自分で責任をもって教育にあたる姿勢が失われてきた。
【483】 教員の総意がわからず、管理職の考えだけで進んでいく感じがある。以前の方がよかった。
【484】 採決禁止のため、廃案に対する意見を述べるだけ。提案者も、原案を改訂していいかわからず迷うばかり。意志表示は民主主義の基本。即時、通知の撤回を!
【485】 控え目に行っても上記の通知は百害あって一利なしと考えている。
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【486】 「言っても仕方ない」という気持ちは、多少なりともある。教育現場では、あってはならないことだと思う。
【487】 明らかに会議での発言により、4年目で異動させられることになった。発言してもムダ(沈黙は金?)という雰囲気がある。業績評価と発言内容がリンクすれば当り前のことかもしれませんねぇ。
【488】 「はい」と回答すれば、「校長のやり方がまずい」と指導される。だから校長は「はい」と回答できないのだ。「都教委が悪いと思うか」とたずねても、きっと「はい」とは答えられない。やはり、知事の施政から改める必要がある。
【489】 意見をのべても、結論が決まっているのであれば言っても空しいという気分になる。職員全体の意向が見えにくくなった(採決なしのため)。生徒の進退にかかわるなど教員の総意が問われる決定についても、自由な意見交換や意思表示の機会が失われた感じがする。
【490】 何度か、様々な議題に於いて、校長と話をすることがあった。職員全体の合意があることでも、校長の裁量で決められるので、意見は言わなくなった。
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【491】 初任者(一年目)の意見です。「採決」には至らない「意見」としての挙手は大切だと思います。それに私には職員会議の意義も、教員の意思が問われないのであれば、何のためにあるのかよく解りません。
【492】 「物言えば唇寒し…」で「面従腹背」になっている。
【493】 自分自身はあまり変わらないが、採決等ができないということは意見を言っても仕方がないという気になると思う。
【494】 問4は敢えて「3」にしたが、教員個人、社会の「学校」のあるべき姿の理想像・考え方により教員の考え方は異なると思いう(コンセンサスのギャップ)。たとえば、教育委員会の方針通り校長がやらされていると思えば「言わない」。サラリーマン的に考えれば発言もしないなど。(うまく表現できなかったが)
【495】 発言は苦手とする方も挙手による意思表示はできる。そういう形で教員全体の意向を知ることは大切である。また、教員自身が共通認識できる。
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【496】 発言しても仕方ないという雰囲気になっている。発言が苦手な人も挙手で意思表示できるはずだが、採決も禁止では意思表示すらもできない。管理職が取り立てて有能というわけでもない。議論・討論こそが学校を活性化させる方法の一つである。
【497】 あの通知以降、学校運営に有益な教員のアイディアが減ったように思われる。その意味で教育的観点から見て有毒であると答えた。
【498】 校長に権限が集中した結果、それを背景にし、圧力をかけてくる校長がいるのは事実であり、まったく教職員の意見を聞こうとしない。その結果「何を言っても無駄」「どうせ変わらない」という雰囲気がある。
【499】 学校の活力が失われることは間違いない。
【500】 言っても仕方がないという雰囲気になっている。
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【501】 学校全体が冷めてしまってきた。
【502】 何を言っても「ご意見として伺っておきます」という定型文で処理される。何も言う気になれない。
【503】 良識的(常識的)、かつ見識のある学校長、副校長のいる学校はいざ知らず、本校の場合、校長の権力乱用の場である。教員の意見を吸い上げ、よりよい学校運営に生かそうとする姿勢がまったく見られず、いつも独断でものごとが決まる。
【504】 年々、教員の教育に対する熱意を冷ますようなことばかりが実施されていると思う
【505】 教職員で一丸となって学校を創っていく意欲がもてなくなった。
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【506】 都教委側の発表はあくまで都教委側だけのもので一般教育側の意見も総合したものでなくてはいけない、というのは事の正否を考える基本的態度であるので、こうしたアンケートが実施されるのは大賛成である。
【507】 通知があっても自由に発言しているつもりだが、発言しても無駄という雰囲気が強くなり、やる気が削がれているように思える。
【508】 都教委の挙手・採決禁止はあまりに不道徳で驚くかぎりです。いまだに、どこまで本気なのか理解できないほどです。
【509】 職員会議が伝達の場になってしまったと感じます。
【510】 職員会議といえる様なものではなくなっています。
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【511】 教員のチームワークを大切にしていきたい
【512】 生徒指導力(授業・クラブ・行事などあらゆる面で)の低い者が現場でいたたまれず管理職になっている。従って職員会議で議論になった時に、言論による説得力を全く持たない。 こうした現状では、教員の言論を封じる以外に校長がリーダーシップを取ることは不可能である。 三鷹の校長など、例外的に優秀な校長には不要であるのだが。 学校名を記す都教委のアンケートなどナンセンスの極みである。「はい」2% 5校の校長は恐らく優秀で、かつ左遷覚悟で教育の正常化を望んでいるのではと思う。
【513】 今まで通り発言はなんだかんだとありますが、それらは皆、むなしい、のです。
【514】 管理職がかってに決めれば その責任は管理職がとるのだから、意見をいう必要もないし、発言する義務もないという気分でいっぱい!!現場からの情報もなしに思いつきの指示がくりかえされている。この事実を都民の目から都教委はいつまでおおいかくせると思っているのだろう。外からもぜひ実態と違うことをあばきだしてください。
【515】 挙手できなくなったことで、積極的に何かをしようと思えなくなった。「どうせ校長が決めるんだから」という空気が漂っている。挙手で決まったことなら、反対していても団結して事に当たれるが、そうでなくなった今、協調がしにくくなった気がする。
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【516】 決定権がないので、言ってもしょうがない、という雰囲気が蔓延して、職員のやる気の低下を招いていると思う。
【517】 あの通知が出されたから自由に発言しにくくなったなどということは私自身とその周りに関してはほとんどないと思う。(逆に)あれくらいのもので発言しなくなるという考えは教員を見くびっている。問題なのは
【518】 職員の意見、意志を無視して、あるいはそれに逆らって自分の思いどおりにやることが有能であることの証と勘違いしている校長が多いこと、そして何よりこんなバカな通知を出す都教委に東京の教育がゆだねられていることでしょう。
【519】 ・言論の封殺   ・職員会議のロボット化
【520】 教育の現場で直に生徒に向き合っている教員の声をきちんと吸い上げるシステムとしての「挙手」が禁じられ、生徒不在の決定がまかり通るようになっている。管理職はただ都教委の顔色をうかがい、挙手ができないことをいいことに、自分のポイントになるような決定ばかりを繰り返しているように見える。別の角度から見ると、管理職と一般教諭との間に不信感をもたらしていると言える。
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【521】 ・言論の自由がなくなった   ・校務運営に意欲がなくなった
【522】 (問2に 言うだけムダだと思う)(問3に 校長には一般教員の言葉に耳を傾けなくていいという姿勢があるようだ) 心が石になったように感じた。自らの信念を裏切ってどうして生徒に人間として正々堂々生きよといえるのだろう。自分は生徒に教える資格はないと思い、仕事をすることに悩みました。いつも無理して働いている感じは拭えません。早く辞めたい。
【523】 ・一般の教員の意見は企画調整会議ですいあげるとなっていて、職員会議は議論していてもむなしくなる。・学校の階層化とあいまってトップダウンの施策を通すためのもので教育活動の場にはふさわしくない方法で現場の活力を無くしている。
【524】 東京都の教員だけにはならないこと。人間を相手にしている現場を見ようと全くしていない。
【525】 意志決定の場にいないことによって、当事者意識が持てなくなった。職員会議は「伝達の場」という意識が広まり、議論はほとんどされなくなった。結果としてさまざまな見方やさまざまな角度からの情報が考慮されずに物事が決まっていると思う。ただし決定のスピードは早くなった。(拙速でも決まるようになった)
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【526】 「ここは意見を言う場所ではない」といったニュアンスの発言が主幹からもあった。
【527】 以前の職員会議では審議事項として学校経営に関する全てが全職員による審議、採決で決められてきました。多数決を大原則とする民主主義国家では当然のことです。だからといって校長の意向が反映されなかったということはなく、校長も一職員として審議を見守り、最終的には校長が決裁していました。今は下々の者が知らないところで、ごく少数の人達が決めたことに従うのみです。
【528】 自分が学校運営に参加しているという意識がなくなった
【529】 教育という、一番民主的であるべき場で、民主的運営がなされていないのは、問題である。
【530】 1920年代の再来のような昨今の情勢が怖いです。
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【531】 統制は教育から始まるといいますが、まさにその通り。今は日本が右翼に乗っ取られたようです。
【532】 自分自身の問題もありますが、発言しても無駄(報告)が会議に出されてしまっている、という無力感を感じます。
【533】 学校現場で一番大事なのは自由である。そして自分の頭で物を考え、意見の違いを討論して合意形成をしていく雰囲気が職場からどんどん失われていっていると思う。土肥校長を孤立させてはいけないと思う。
【534】 自由な意見が新しい取り組みを生み、生徒のためになる学校を作ります。
【535】 都教委の報告はナンセンスとしか言いようがない。このような、ミエミエの出来レースを、ほとんどそのまま垂れ流したマス・メディアに大いなる憤りを思う。マス・メディアは石原慎太郎の何をあれほどまでに恐れなくてはならぬのか。私には全く理解できない。市民の方々が、このような行動を起こしてくれたことに対して、深く謝意を示したい。
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【536】 88%の管理職、学校経営の適正化以後に入部してきている若い教員の増加。都立高校が内部から崩壊していく様が見えています。これがいつか来た道とならぬように努力をし続けなければならないと思っています。
【537】 自由に意見を言う場が減り、無力感を感じています。様々な意見を戦わせ、決まったことは皆で守るという、以前の状況の方が、学校に活力を与えると思います。
【538】 人間教育現場になじみにくい通知と考えられる
【539】 何を言っても最終的には校長が決定権を持つので発言する意識が薄れる。しかしあまりにも理不尽な内容が出てきた場合には、どうせ言ってもしかたないと思っても発言する場合もある。
【540】 都教委はどのような学校を作ろうとしているのかわからない。
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【541】 「学校は、校長の判断に従って、全教職員が動いていく組織体」などと公然と職会で校長が発言したことを憶えています。余りにア然としてしまい、「開いた口」がしまりませんでした。校長の思案であれ、自由に意見を言い合って、いいものを作り上げていく気風が止まってしまったことは、残念でなりません。
【542】 教育の活性化がなくなった。企画会議参加者による学校運営が明確になり、一般教諭の意欲が低下した。
【543】 企画調整会議で決まったことを職員会議でただ報告し、何か問題がある場合でも、最後の校長の「この通りやります」の一言で終わってしまうので、話す気さえおこらない。また、それ以前に自由に話し合う雰囲気がない。
【544】 何を言っても無駄 モチベーションが大いに下がる。 管理職と一部の人による学校の私物化だ。
【545】 もの言えば唇寒し・・・では職場の活性化は望めない。教職員の意欲を減退させることがこれでもかと連続して、圧迫感を感じる。あまりにも形式的でどうでも良いことが多すぎる。無駄に多忙となり、心身とも疲労しているのが現状である。この悪教育行政は近い将来歴史的に裁かれるのは必定であろう。
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【546】 私自身は以前通りよく発言している。その結果、一部の教員から圧力を受けることがある。他方一部の教員から「良く言ってくれた」と会議後言われることもある。また、ある教員の職員会議の発言について、その学年の主任が校長室に呼ばれ「企画を通してない発言をなぜさせる」の意味の叱責があり、その主任がおちこんでいた。私自身も私への圧力は受けてもかまわないが、周りの他の人への影響はつらく思うことが時々ある。私自身は以前通りよく発言しているが、それをもって管理職が都教委調査に「今まで通り言論の自由は保たれている」と答えられては心外だ。まじめに質問しても管理職は答えない。「決定です」で終わり。それでも問題点指摘だけはしておかなくてはと言うだけは言っておこうと思って発言している。また企画調整会議を経て職員会議に出てきたことの中に明確な誤り(都教委から見ても誤り)のものもある。校長、教頭の無知、主幹のイエスマンぶりにはあきれる。「ひら」の教職員の指摘で、無事!ということもある。マンガなら笑っていられるが・・・。石坂啓さんのネタになるかも。
【547】 教育委員会のまとめには疑問があり、リーダーシップをまちがえて解釈していますね。意見が交わらない集団は必ずほろびます。しかし文句ばかり言っていては話にならないので、我々も強い人間関係の構築をめざすべきです。
【548】 もう少し血の通った人間としての管理職は、本来の教員のやる気を出させるべきだ。
【549】 「意見を聞く」とは建前で、管理職と都教委の意向に合わないものは切り捨てられる!!
【550】 (設問1.言う人は言う、でもむなしい・・  設問2.発言したところで自己満足で終わるむなしさがあります) 世の中でこのようなルールが通用している世界はないのでは・・・・・と思います。なんでこれが適正化なんですか?
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【551】 管理職の独断の偏見で学校運営が押し進めされるようになったと感じている。職員会議で発言をしても無駄だと考えるようになった。黙って時が過ぎるのを、ストレスを感じながら過ごしている。
【552】 この通知を背景に、管理職が一方的に職員会議を進行し、結論を押しつけるだけの場となっている。勤務時間をこえての職員会議はむなしいの一言。
【553】 土肥校長の行動を応援しています。HRで発言が少ないほうがよいのでしょうか。上に立つ人は、絶対にまちがえないのでしょうか。現場にいる者が、様々なことに対して他人事のような姿勢になるでしょう。全体としては、教員のやる気、意欲が減退するでしょう。「いいや」って感じになります。議論して、互いに変化し、切磋琢磨するのが、よい成果を生むもとです。経営コンサルタントなど、風通しのよい職場が成果をあげる、と言っているし。(教育の場は子ども=自然を相手にしてますし、「成果」も多様だと思いますが)
【554】 人間というより機械のような管理職を多く見かけるようになった。行政権力の直接の出張所として、権力的な脅しを背後に持つ、何の説得力も持たない、人間的な魅力のない不気味な校長・副校長である。(教育と関係のない存在である。)
【555】 武蔵野公会堂にも行かせて頂きました。一都立高校教員として、心から応援しています。
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【556】 校長が、職員の考えを挙手で確認するのはあたりまえのこと。何を喋ってもどうにもならないという考えが先に立つようになり、会議の意味がなくなってきた。
【557】 何を言っても先に管理職が決めた結論ありきで、発言しようという意欲がわかない。何でも言う通りにやればよい、そういった雰囲気が支配的だ。
【558】 あの通知以来、管理職以外のほとんどの教員にとっては、学校という職場が非民主的で、閉塞感に満ちたものとなり、その結果「何を言ってもムダ」という、やる気のないあきらめムードが広がってしまったことは誰も否定できないと考えます。
【559】 職員会議で自由に発言できない職場ではいけないと思い、従前と変わらぬ態度で会議に参加するように心掛けていますが、逆にこんなに気負わなければならない現状にムナシサを感じます。採決が禁止された頃から職場全体の一体感がうすれたような気がします。
【560】 主幹会議や企画調整会議ですでに決まったものを伝えるだけの場となり、議論をする会(会議)ではなくなったと感じる。決まったことに対して今さら何を言ってもムダでしょという雰囲気を感じる。
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【561】 各分掌の中での話し合いも「管理職はこう対処するであろう」と推し量りながらの視野の狭いものになっている。
【562】 結局、校長次第だと思います。
【563】 言論の自由は教育の基本である。通知など論外であり認められない。
【564】 学校の発展のためにも、教職員の意見は安心して表明できる土壌、挙手できる参加意識は必要である。
【565】 極めて窮屈なって、人間性を否定されている感じがする。
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【566】 職員会議が形骸化している。生徒のことを考えていない。
【567】 発言をとめられることは、苦痛です。人の発言をとめるなど、人として、してはいけない、許されないことだと思うので、その意志を伝えていくことが大切だと思います。
【568】 大変問題があります。教員のやる気をなくしています。
【569】 教育的配慮の全くない校長案が教務案として出されるように指示されている。職員会議が単なる連絡会として扱われ、現場の意見は企画で主幹(主任)が話題として提供するよう指示されている。企画調整会議で出されていないことに関しては職員会議の話題にしてはいけないと指示されている。月1回の職員会議で1時間限定で行なわれるが、全体の意見も聞かれることなく、日々変化する学校現場の実態に全く適当でない。たとえば、校長の発言で「生徒が緊急事態」とあったが、特別指導や物品破損などの情報が全体にすぐに伝えられず、事が終わってからの報告のみがされるなど。
【570】 (問2:非常勤教員になってからは発言しにくい。 問3:通知以前から、特に異動要綱が改悪されてから強く感じる) 職員会議を減らす動きが強い。校長と話し合う場を作らないようにしている。
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【571】 生徒のための発言もうばわれている現状をどう見るかですよね?管理職はそれでいいのか、考えてほしいです。
【572】 ①質問 → 矛盾点を明確にし、改正改訂されたか  ②異議・意見 → 改善されたか      ③挙手・採決がなくなったことでどのような不都合が生じたか。
【573】 会議に出る意義はありません。企画ですべて決まるのでそれさえ伝えてくれればよし。時間のムダ。もはや民主的な会議は存在しない。
【574】 職員会議における意見は何にも生きることはありません。その場限りで無視されています。一部の偉い先生方が決めてしまう物事には、学校が良くなる方向を向いているとは限らず、それらの先生方の報告のために決まっていくことが多いように感じています。今の学校で物事が決まるシステムを一般の方々が知ると、驚くと思います。学校の言論の自由を守ろうとする校長の評価が低くならないよう見ている必要があります。異動についても同様です。
【575】 不勉強で、土肥校長という方がどういう方か存じ上げませんが、そういう方がいるだけで、勇気づけられます。主任教諭の導入も、4月から実施され、今学期中にレポートを出せという無茶なこともやられています。現場の教員の意向とは全く反対のことが次々にトップダウンで命令されて、まじめな教員ほど、ストレス疲労がたまっています。この先、日本の「教育」はどうなってしまうのか、背筋の凍る思います。
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【576】 土肥校長にエールを送る。
【577】 自由な発言が「日本の社会を作る」これができなくなった!!
【578】 土肥氏とは高校の同窓生です。がんばるようにお伝えください。
【579】 職会で何を言っても「私の一存で決める」となるとすべてがむなしいと感じてしまいます。学校現場の声があがってこその学校教育がうまく回っていくのだと思います。
【580】 職員会議での発言は、すべてではないが最終決定とする校長の決議に反映されなくなっているような気がする。校長も意見は聞くが、決めるのは校長自身であり、反対意見が多く出ても最後は「これでお願いする」という形が多くなっていると思う。
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【581】 言ってもしょうがないという気分が大きい。先に結論ありきではレベルアップする訳がない。
【582】 自分の意見は反映されないのだなと思うと、何を言っても無駄かな、余計なエネルギーは使わないでおこうと思うようになった。教育の責任の一端を担っている、という意識が以前よりも薄れている。
【583】 発言してもしかたがないという気持ちになっている。何を言っても無駄だという気持ちが強い。
【584】 学校は、医療や福祉の現場と同様に、現場の最前線で働く職員の感触が生かされることが重要です。それを軽視すると、最近報道されているような救命現場での事故が起きるのではないでしょうか。現場の意見を大切にして、真摯な姿勢で教育に取り組む体制を作るのが都教育の役割ですが、それに逆行していると思います。
【585】 言うことへの抵抗感というよりも、言っても無駄――という無力感を感じるというのは哀しいことです。
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【586】 議題整理という名目で実質的には企画調整会議において一部の人達によって方向性が決定されてしまい、職員会議ではよく考える間もなく情報伝達がなされるのみである。多くの教員がおかしいと思う事でも、反論を組み立てる間もなく会議は終わってしまう。
【587】 今はもう職員会議ではなく、ただの連絡会です。
【588】 管理職に対する意見が減った
【589】 校長→主幹→教諭への命令系統が確立してしまった。職員会議は単なる報告の場となった。
【590】 通知後の採用なので変化はわかりません。ただ意見が言えない雰囲気があるのは感じます。
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【591】 職員会議で発言したら、会議終了後、校長に呼ばれて注意された。そのやり取りは副校長に記録された(あとで「破棄しろ」と言って破棄させた)。校長の発言のあと「勤務時間がきた。こうなるのは成績会議と職員会議を4時(?)から始めたことにある。学期末の忙しい中でめいっぱい授業を詰めて全てが終わってから会議を始めたことが原因であり、あらかじめ勤務時間オーバーが予想された。今後は、授業の短縮など考えてほしい。」旨の発言に対し「自分の報告は幾つかあり、そのひとつが終わった時点でその件の質問を受け付けた。関係のない発言は許せない。話を中断したことを謝罪しろ」という。そもそも私は勤務時間が終了時間になったので発言したのだった。私だけでなく会議でも発言者に対し校長室に呼び出しては圧力をかけ続けている。別の会議で私の提案について他の職員の意見を求めたところ、別の教員を通して「協議機関でない」旨校長の言葉として告げられた。職員会議への提案は全て企画調整会議を通っていないとダメであり、その結果緊急のものでも次回の職員会議である2週間後になることもある。職員会議そのものの非民主化だけでなく手続き上での非民主化・硬直化がある。前の職場では「君が代強制」について「反対」とほんの一言(数秒)言っただけで、業績評価の学校運営の項目にCを付けられた。他の職員もかなりの人数が発言し長くしゃべっているがBの評価である。情報公開で問いただすと「私が分会役員である=職員を代表した意見である」から問題であるという。不当労働行為として苦情処理するが訂正はなかった。
【592】 本来職員会議で議論し決定されるべき議案がすでに主幹会議や企画調整会議で決定されており職員会議は単なる連絡機関にすぎなくなってしまった。
【593】 民主主義はどこへ、民主主義の教育は必要ないし、教育は死んだ。
【594】 前任校では職会の時間が大幅短縮された。したがって聞きたい情報すら聞けない。発言数は当然減った。また現任校での面接(管理職の)では、職会の発言をとりあげられて、勤務の評定や、校内人事に大きな影響がある。教育的観点もそうだが「よりよいもの」は作れず「無難なもの」がこれからの学校に増えていくだろう。
【595】 挙手採決をしないため教員の意見の総意が分かりにくい。色々議論をしても管理職の一言で結論が変るので、職場に無力感がある。多くの管理職は職場の真の実状を知らないと思うが、そのための支障が多々ある。
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【596】 発言する人や機会が全体的に減少しただけでなく、発言が大切に扱われず、管理職の方針にそわなかったり、考慮したくない内容であったりする時は適切に返答することをしない場合が非常に多くなった。従って全体の雰囲気としては何かしら無力感のようなものが会議を支配するようになった。
【597】 発言をしても挙手、採決がないのでむなしい思いをすることがある。教育の場で挙手、採決ができないのはおかしい。民主主義はどこに行ったのか。
【598】 明らかに挙手をした方が状況がはっきりするような場合は多々あります。採決が全てとは思いませんが、全体がどのような方向に向かっているのか、とか確認しつつ議論とは進むものではないでしょうか。言ってもムダだという雰囲気は建設的な議論にはなっていない気がします。
【599】 前任校で「職員会議である話題について自分の意見を何度も言った」という理由だけで(←校長が自ら説明した)「学校運営」という項目に関して「C」評価をつけられた、ということがあった。
【600】 職員会議での挙手・採決禁止となり基本的に方針がすでに決定されていて何を言っても結論が決まっていることが多くなった。結果的に発言が少なくなったと思う。
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【601】 人間を否定する前近代的状況。「教育」にはあり得ない。こうした状況がまかり通るのはなぜか?情け無いこの国の歴史!!
【602】 ものを自由に考えることを教える教師が自分で考えて意見を述べることを禁じられる、こんなバカな法がどこにあるのか。そもそも校長・副校長になる人物の資質に問題がありすぎる。教育者として失格と思える人物ばかりである。
【603】 職員会議で職員の発言の重みが変った。聞きおいているだけであり、決議をしても校長判断で変る。
【604】 挙手・採決のない職員会議で発言しても意味がないと感じるようになった。
【605】 教員評価は異動に悪影響が出ている。職員会議で異議を唱えることが多い人が異動の話をもちかけれている。
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【606】 自由に発言できるようにする。
【607】 「意見を言っても仕方がない」という気持ちです。どうせ何も変わらないんでしょ、という感じです。
【608】 表面的には教員が管理職の方針に従うようになった。しかし、その状況を管理職が自分の学校運営能力の高さだと勘違いしている。結果、無能で単なるワガママ管理職が増えただけだ。現場は何ひとつ良くなっていない。
【609】 通知よりも校長の態度によって左右されていると思う。
【610】 活発でなくなった。
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【611】 発言したってもう結果は決まっているんだろう、というあきらめ。(企画調整会議を経ずに)発言してはいけないのだろうという遠慮。変にたてついて睨まれても、という恐れ。・・・があって発言しない方がよいと思うようになりました。話を聞いているとどうしても何か言いたくなるので、この頃は聞かないようにしています。
【612】 私の場合発言数が減っただけでなく、やる気力さえ失いつつあります。いえ、もう失っていると言ってよいでしょう。
【613】 通知もそうですが、人事考課による無言の恫喝もすごく悪影響を及ぼしています。
【614】 職員会議は伝達の場でしかないので、自由に意見を言い合える雰囲気や場がなくなっている。
【615】 職員会議は連絡・伝達が中心となり、かつてのような熱のこもった議論がほとんど見られなくなっているのは決して良いことではない。
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【616】 土肥校長の発言・行動に勇気づけられます。
【617】 意見を言ってもむだという感覚がするようになった。
【618】 何か意見を言ったとしても結果は変わらない。というムードが大勢を占めるようになった感じが強い。(前任校での経験です。)
【619】 「企画調整会議」&「職員会議の議決」なしによって職員会議が形式的、情報伝達のためのものになったと感じる。また、都教委による「校長のリーダーシップ」指導により、やたらと長い無意味な校長の訓示等が異常に増え、辟易している。職員会議にはアホくさくて出たくない!これが当たり前だと思っている若手教員がかわいそう&今後が怖い。
【620】 先生方は生徒による授業アンケートをとるなど、公にそうされている状態である。管理職の方々、都教委の方々に関しても職員によるアンケートととるなど評価されないと不公平だろう。
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【621】 結局、校長も都教委に従うしかなく、ある程度幅のきく教育活動というのはなくなってきていると思う。意見を言う気もなくなってきている。
【622】 権力を持っているものが都合のいい制度。民主主義を教えなければならない教育の場に、専制的はシステムは合わない。やってはいけない。このことを理解しない都教委は異常である。
【623】 教員のアンケートをとれば都教委とは逆の結果になると思う。
【624】 企画調整会議などの少人数の会議で決めたり、流れを作ってしまおうとする動きが出てきた。皆で決めて皆で動くという以前のような雰囲気は失われつつある。また、最近採用された若者はそれが当たり前になりつつある。
【625】 校長に反対する意見は言えない雰囲気。どうせ校長が決めるので何を言っても無駄という雰囲気で発言数が減った。
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【626】 会議で発言があっても(校長に対する賛成しかねるという意見やまちがいを指摘する発言など)、校長から「ご意見承りました。でも私の言うとおりやります」と言われるようになった。建設的な議論はなくなり、校長が一方的に連絡する会になってしまった。でも、意見を聞くなと言われている校長も大変だろう。
【627】 ここ数年職員会議が白熱しなくなりました。本当の意味で議論ができなくなり、たいした中味もなく、終わってしまいます。かといって企画調整も管理職の伝達が中心で連絡調整の機能をはたしていません。昔のようにみんなで悩んで考えて意思決定をしなければいけない気がします。
【628】 最終的に校長が判断するにしても、教職員の意向を正確に把握することが必要である。挙手がなくなり特定の発言者の意見のみが会議の意向のように感じられるようになった。分掌業務上も支障を感じる。
【629】 1、みんなが意見を出し、それをまとめる会議でなくなった。単なる連絡会化となっている。 2、自分たちが教員として考え意見を述べる機会がなくなった。 3、考えることがなくなり、ただ連絡を聞くだけの機会になってしまった。 4、校長が自分の考え、都教委の通達等をただ連絡しているだけである。職員の意見をまとめる力を発揮してほしい。 5、校長のリーダーシップの低下が著しい。制度だけを確立してもしょうがない。
【630】 人を子ども扱いしない。現場の判断が最優先です。
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【631】 職員会議で教員がどんなに発言しても管理職はただ聴いておくだけとなっている。これでは、何を言ってもしょうがないという空気が職場に漂っている。
【632】 校長、副校長を対象にした調査結果を出しても無意味。広く教職員の意見を聞くべき。
【633】 「何か言うと人事考課(自己申告書の評価)を下げられたり異動に不利になったりするのでは・・・」と思うと何も言えないというのが、今の都立高の現状だと思います。
【634】 ただただ無力感が高まる職場になってきた。学校のため何もやる気が起こらない。もはや職員会議で発言する気も起らない。
【635】 教員の意向を無視して一部の取りまきの意見だけで物事を決定している。教員のやる気を失わせている。
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【636】 教育本来のあり方から全くかけ離れた通知です。今後さらにどんな手段をうってくるのか不安です。ファシズムの進行でしょうか。
【637】 すべての職員の視点から教育活動は成り立っているのに日々の活動まで目のいきとどかないことが多い。管理職の一方的な考え方で無理矢理すすめていこうとしている。これではますます困る。バラバラになるばかりだと思います。
【638】 分掌、委員会から協議をお願いしても校長の考えでキャンセルされるのは非常に働きずらい(話し合いすら行われないのが現状です)
【639】 都立学校での言論・表現の自由および研究・研修の充実を阻んでいるもののルーツは都立七生養護学校事件と「日の丸・君が代」処分です。言論の自由獲得と七生問題及び「日の丸・君が代」問題の3テーマを同時にたたかうことが求められています。
【640】 本校では、職員会議が報告化している。重要な内容は。主幹会で討議されてその内容は部外秘扱いされている。主幹会のメンバーが担当でない案件は連絡が不十分で、対処の遅れが生じている。先日も、7月4日実施の「人事委員会・労働基準法等に基づく定期監督及び諸調査」の指摘事項を11月下旬、突然副校長から。他教科の薬品保管について「緊急用件なのですぐに対処せよ」「すぐに対処できないのは教科の代表として無能である」等々の発言があった。経営企画室長に確認した所、指摘事項は主幹会に報告し、対応を決めていたが、該当する教科の担当者にはだれも伝えていなかったことが原因であることが判明した。
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【641】 「ほとんどの学校で~」の報告にあぜんとするばかりです。職員会議での審議を禁止、挙手・採決禁止 こんなバカげたことがいつまでまかり通るのでしょうか?何を言ってもムダだという無力感が今、現場には広がっています。
【642】 校長が決めることがあってもいいと思いますが、教職員の議論の中で合意を築き上げていくという決定法も大事だと思います。職員会議で「学校、生徒のため」と思って発言しても、校長の人事考課でマイナス評価をされれば、皆次第に黙っていくでしょう。学校内に言論の自由がないことは、最後には子供に悪影響を与えていくと思います。
【643】 私はこれまで6人の管理職の先生方(校長・副校長)の下で職務についてきましたが、いずれの先生方もヒラに過ぎない私の意見に耳を傾けていただき、私自身大変励みになっております。むしろ問題は、組合員、非組合員を問わず、40台後半以上の諸先輩方にあるといわざるを得ません。職務に対する熱意に乏しいだけならまだしも、一人よがりのその言動は、学校運営上有害そのものです。それこそ、私のような若輩者が「何を言ってもムダ」という空気を作っています。もちろん、40台後半の諸先輩方の中にも模範とすべき立派な先生方がいらっしゃることも事実ですが、数の上では問題のある教員の方が多いという印象です。これは私が赴任した2校の現状です。他の都立高校が、この現状意とは違うことを祈るばかりです。
【644】 管理職がいる場合といない場合で発言の内容が違う教職員がいた。(前任校でのこと)
【645】 多面的に物を見られない組織(分掌)が増えたと思う。
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【646】 今の風潮が強まっていくと、教員が学校経営に参加しているという意識が薄まっていくという不安を覚えています。
【647】 パワハラ校長・副校長が増え、さらに意見を言えない状況がある。人事考課を理由に脅す校長もいる。校長自身が(副校長も含めて)、人事考課で縛られているので都教委に意見を言えないという末期的症状が現場にある。
【648】 職員会議 → 職員連絡会になった。
【649】 採決をしないのだから意見を述べても無駄という雰囲気が漂い、仮に発言したとしても最初に結論ありきなので、現場なのに現場の声が届かないという状況にある。これでは「会議」とは呼べず、今のままなら職員が一堂に会する必要もないし、連絡なら印刷物で済むのではないか。
【650】 どうせ最後は校長が決めるのだからと学校運営に対する熱意が減少した。黙っていられない性質なので発言はするが、校長がそれによって変わるとは思えない。(校長はすでに意見を決めている)
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【651】 今まで、都教委が行なってきた施策で成功したものはほとんどない。入試制度もしかり。都立高校をダメにした張本人なのに、今まで責任をとったことはない。全く無責任であり、”行政悪”の典型である。また言うことがコロコロ変わって、自分たちが悪くても絶対にあやまらない。こういう組織が教育行政に果たしてふさわしいのだろうか。
【652】 中には職員会議に出席してもまるで意味がないので、もうでないと言って出ていない先生もいる。
【653】 (問2.に 個人的には言うべき事はこんな通知があろうと発言します。しかし「ばからしい。言っても仕方ないか」という気持ちも正直あります。)私たちの仕事は将来の主権者を育てるものです。そんな場である学校で「集団のチエ」で運営がされないというのは全く矛盾です。教職員の自主的、創造的意欲のない、それを保証しない運営は学校教育の死です。生徒の可能性、人権を奪ってしまう場に教育がなってしまいます。
【654】 (問2.に 私は自由に発言しようとしている。ただし「言ってもムダ」という気は以前より強くなった。
【655】 通知以降、会議が、連絡伝達の場になりつつある。
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【656】 都立三鷹高校 土肥校長の意見を支持します。
【657】 生徒の処分などに関して校長が退学がだめだと判断すれば、現場が退学を望んでも校長を説得できなくなった。昔の方が現場(職員)の意見が通りやすかったので、やりやすかった。
【658】 生徒には自由に意見をのべることは良いことと教えながら、教師は意見も述べられない現実をどう考えるべきか、建設的な意見がたくさん出るようにするためには、学校の言論の自由が保障されなければいけない。当然であろう。
【659】 活力のある組織は下からの意見がよく通るそうです。
【660】 発言の内容が、校長による業績評価の対象にされるのか、とか、校長面接で密室の中で、他人の足をひっぱる発言をする人がいるのではないかとか、評価者としての校長が教員との信頼をうまく作れなくなると思う。都知事を変えて、教育委員も変わらないといけないと思う。
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【661】 ○挙手・採決禁止により、学校の全てに関して、教員には決定に参加しているという責任感がなくなり、自分たちが学校を動かしているという自覚がなくなりました。  ○校長に反対する意見を発言すると、校長の学校経営の妨げになるとの理由で、業績評価C・Dをつけられるので、自由な議論はしにくくなりました。
【662】 職員会議での発言に対して、校長面接(学期毎に年3回行なわれる。業績評価の一環として行なわれる)で、「なぜ、ああいう発言をしたのか」と副校長2人を含めて3人に言われ、それ以降、いやな思いをしたくないので、発言するのがアホらしくなった。
【663】 報告をきくだけで、よりよいものを作り上げようという雰囲気がない。
【664】 (問2には、回答として”発言する意味を確信できなくなった”と記述) 職員の意向を踏まえて学校運営にあたるとの制約下、管理運営規則導入時の約束であったかと思うが、たとえば生徒の進級等に関する問題について分掌等で議論して企画に持ち寄るという手続きを経るのでしょうか。職員会議での発言の数を頼りに管理職は職員の意向を確認するのでしょうか。それは挙手で職員の意向を確認するのと五十歩百歩でしかないと思います。
【665】 職員会議ではない。ただ決まったことを伝達するだけの時間になり、この会議(?)に出る意味さえ見出せない状況です。
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【666】 自由の無い教師のもとでは生徒に自由は無い。
【667】 管理運営規則ができたころ、とんでもない人が長になったときどうするのか?・・・そんな話が職場の中で、よく出ました。まさに暴走する校長、和を大切にしない管理職が居ると聞きます。不適正になったときヒラ教員は、適正にもっていく術が全くなくなりました。
【668】 皆で話し合って良い方法を見つけ、生徒に携わろうとする雰囲気が無くなり、「職員会議で言いました」 「言ったでしょう」 という協調感がなくなった。
【669】 企画調整会議が実働化し、御前会議そのものとなっています。主任教諭の制度が入り、ますますやる気のなさが蔓延しています。
【670】 「直接責任をもって教育する」ことができなくなる。またはできにくくなる。つまり不当な支配であることは明らか。
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【671】 本校は言いたいことは言えると思いますが、聞くところによると発言を校長と副校長がチェックして(その発言は正論である場合も)、彼らに不利な発言をすると後で異動や昇給で目に見えないいやがらせを公然とうけているという話を聞きます。おそらくかなりの学校がそういう状態かと思います。ファシズムそのもの。
【672】 2006年2007年育児休業中のため現状理解にとぼしいです。申し訳ありません。
【673】 結論ありきで、討論しても話にならない。
【674】 (問2に 現任校では幸い「思わない」が、前任校では「思った」です。) 教員の意見(実際に生徒に接し、行事等を運営している者の意見)が管理職にあがらなくなり、生徒、保護者を念頭においた運営というより、校長の都合のよい(都教委の顔色をうかがう)決定がなされている。(以上は前任校の経験より書きました。)
【675】 本校は比較的自由にものを言える雰囲気がある方だとは思いますが、それでも挙手採決ができず、職員会議でとことん話し合うという文化はなくなってしまったように思います。
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【676】 通知はただちに撤回すべきである。
【677】 (問1と2に 新規採用なのでわからない)
【678】 発言の場と機会が失われ、意見を持っていても表明する場がなかったり、時期を失していたりする。教員を学校の企画・運営から排除するものである。教員は部分作業員として扱われ、全体を見なくなった。現場の当事者としての責任感、使命感、意欲が無くなってきている。学校に対する愛情、忠誠心も低下している。ある程度自己完結できる教育権を保証すべきであるが、都教委は削ぐことばかり考えている。今の都教委の下では都立高校は一流の高校になれない。
【679】 本校では、他校ほど影響があったという実感はないが、自由にものが言えないということは学校現場で、教育的視点が失われていくということだ。その先に見えてくるのは教育の国家統制で、今は非常に危険な状況にあると思う。
【680】 本校の校長は民主的な学校運営を心がけているが、それでも都教委からの指示等については発言しても無駄という気持ちを持っている教員が多い。全体の発言も減ったが、発言する人が限られてきたように思う。
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【681】 学校によっては校長が会議中どなったり、自分の意に沿わない発言をした職員を会議後に呼び出したりするところもある。
【682】 「通知」は狂気の沙汰としか思えない。東京の学校は少しずつ壊れはじめており、東京の学校に生徒を通わせてはいけない状況が生まれつつあると思っています。
【683】 前任校では、職員会議での発言が、校長面接の際問題視されたという教員がいた。職員会議で言ったことが原因で(人事)構想外であると言われた人もいたようです。都教委の挙手禁止は確かに問題だが、法的に問題があるとまでは思わないというふうに前任校の校長は言っていました。
【684】 前任校では、職員会議では「何を言っても変わらないので、時間のムダだから出席するのをやめようか」と話の中で出てくるくらい教員の中で無力感が広まっていたと思う。本校に異動してきて最初の印象が、「職員会議で意見が出てくるな」というものだった。校長の姿勢の違いでしょうか。
【685】 (問2に。発言したくなくなった。)
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【686】 ・本校は他校に比べると発言が許されているが、年々発言する人が減っていき、特定の2~3人ぐらいの人しか発言しません。  ・意見を言ったところで、最終的には校長の責任で決めるという部分は同じなので発言する意欲は減っている。
【687】 通知以降、学校の運営は管理職の言うことに従えばよく、教員サイドから提案しても管理職の考え次第である、となり学校全体について考えたり、良くしていこうとするモチベーションを維持するのに苦労している。
【688】 通知以前を知らないのでアンケートに答えきれません。申し訳ありません。しかし、以前は職員会議はもっと活発な議論の場だった、といろいろな方面で聞いています。
【689】 本校は自由な発言がしやすい方だとは思いますが、もうかなり前から(人事考課、自己申告書、業績評価、職員会議の補助機関化、主幹制度ほかキリがない)、何を言ってもしょうがない」という空気が広がっていたことも事実です。「日の丸・君が代」の通達も同様。 2006年の通知ははっきり言って「死者にムチ打つ」という感じでした。外部から見れば「挙手採決禁止」と聞いて奇異に思う方が多いかと思いますが、それを受け入れてしまうくらい、都立高校の現場は弱ってしまった・・・(組合も含め)という状態だと思います。09年度から「主任教諭」なる職ができますが、これでますます階層化が進み、協力協働どころか、すきま風の吹く寒々とした職場が多くなるのかもしれないと思います。学校の運営は企画調整会議(+α)で決まり、ますます職員会議が形骸化、ひょっとすると「必要なし」ということになってしまう予感もあります。PCが近々配布されるそうなので、「かくかくしかじか決まりました。よろしく。」とヒラの人にはメールが送られてきて終わり、かもしれません。
【690】 自主的に責任を持って働く人が減ってしまう。
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【691】 教育の現場に宗教や政治的な傾向にある言動等を持ち込まないというのは、当然のことであり、職員の自由な意見が出せない会議は意味をなさないものとなってしまった。政治の変動があっても教育の現場では、広く真実を追求する場として残して欲しいと思う。一方的なことしか受けいれられないような教育はやはり危険なことと心配になるのは私だけかな。
【692】 このようなアンケートを作っていただいたことに、心より感謝を致します。全く都教委は、現場の教員の話には耳を貸しません。自分たちの都合のよい状況を作りだそうとしているだけです。都教委は我々教員にとって「敵」です。
【693】 年々教育現場が息苦しくなっています。外部の人にこの現状を伝える必要性を感じます。
【694】 会議時間の短縮という点ではおおいに効果を発揮しているが、意見を言っても無駄という雰囲気になっている。
【695】 通知前の本校の状況はよくわからないが、主幹制度導入、重点支援校などの制度と「適正化通知」の相乗効果で、意見が出て反対が多い案件でも、校長の一存で決まってしまい、意見を言っても無駄という雰囲気が強まった。
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【696】 結局、何を言っても、校長が決定する形が良い方向にいっていない。職員の大勢が考えていることを全く無視する校長もいて現場はやっていられない。意見を言うだけムダ。黙っていた方が、職員会議が早くおわるという気持ちになり、きちんとした議論をしなくなっている。議論は企画会議でやっている。おまかせ状態になっている。
【697】 今後、自由にものが言えなくなり、会議も報告だけで終わるならば、真の意味での生徒の心の奥にひびく教育はできなくなると思う。どんなカタチであれ、意見の言える場が今、必要である。
【698】 教員が何を言っても最終的な決定は校長がするという思いが広がって、決定の責任を取るという気持が薄れてきたと思う。
【699】 言っても校長の意向に沿わない意見は却下されると思うので、言う気がしなくなった。
【700】 問1、問2については、厳密に言えば、この8年間の管理制度の中で、教職員が捨て鉢になっている結果であると思われる。
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【701】 11.13通知、業績評価制度など、全体として管理職の意向を気にしている。意見を出し合い、積み上げ、決められたルールには全員で従うという意識が希薄になりつつあると思います。
【702】 (問2、問4に - わからない)
【703】 様々起きている出来事の転換点と考えます。
【704】 本校は閉校をひかえ、教員も3人と特殊な環境にある。多くの学校では自由な意見交換はされにくくなっただろう。
【705】 言っていることが無駄になると思うと、徒労を覚えます。
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【706】 私自身は現任校へは07年に移動してきたため、それ以前のことは正直言ってわからないところが多々ありますが、やはり校長がそうとう横暴になってきているという教員のなげきは、そこかしこで聞こえます。教員の言論の自由がないところに教育はありえない、と思います。11.13通知の撤回を強く求めます。
【707】 例年通り、指示されたことを確実に実行することが大切であるという雰囲気が強まり、教員間で議論することがなくなってしまった。土肥校長を応援したい。
【708】 何を言ってもムダだという雰囲気が増した気がする。授業を成立させることができない、または生徒指導ができない人が管理職になっている現在、校長は上のいいなりになるだけで、結局自分では何も建設的なことができないと思う。そんな中で土肥先生は本当に立派だと思います。
【709】 校名はいえないが、ある学校の校長が、2006年末に出席ゼロから数回の科目で単位を認定し、当該生徒を卒業させた事例がある。もちろんこれは「学校経営の適正化」の事例である。
【710】 いろいろな意見を出して職員の意向が決まっても校長に覆されてしまうことが続き、何を言ってもしかたがないという雰囲気になってしまいます。様々なことが報告の形で出され、知らないところで具体的な意見がどのようであったかわからないまま決定されてしまいます。昔は時間はかかりましたが、職員会議で様々な意見を聞く事ができました。思わぬ立場から、違った面から見た意見も出され勉強になりました。今の若い人たちはそういう経験ができません。上から下への形ばかり整えようとしていますが自ら吸収していく場がどんどん減っていると思います。
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【711】 特になし
【712】 問題のある校長だとしても「上司の命には従え」という発想で、管理的な色彩の強いとんでもない通知である。ワンマン社長のいる企業ならいざ知らず、教育の場である。自由にものが言える教育職に魅力を感じて教員になった先生は多いと思うが、現在は何を言っても無駄という雰囲気があるのが残念である。が、負けてはならないと思う。
【713】 学校という人間相手の教育現場に、企業の効率性を導入しても、却って、非効率であることは、現場感覚では当然である。(企業組織から見れば、学校組織は旧態依然に映るであろうが) 職員会議のみならず、人事考課なども百害あれど一利なしである。
【714】 行事その他の学校の活動への理解が深められなくなってしまった。職会で、全員が同時に話し合った方が、短時間で共通理解ができたり、よりよい方針が出せることがある。 (企画調整会議が従来の職会以上の役割を果たしていない)
【715】 職員会議そのものの回数も減ってきており、職員間の共通理解ができなくなってきている。校長は企画会議(企画調整会議)でうまく学校運営していきたいようだが、じっさいには、職員会議がないため、うまくいかないことも多々でてきている。
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【716】 学校が力を発揮するためには、教職員の共通理解が必要と思われる。これは職員会議等の場での意見討論が必要と考えています。
【717】 広く意見を出し合い討議することによってこそ、生徒のためになる決定がなされてきた(従来の職員会議)。今や無力感から無気力が生まれるのではないかと恐れている。
【718】 職員会議は意見交換をし、学校運営に皆が参画する場面なので、適正な回数を保証すべきである。
【719】 会議そのものが無く、全ては企画調整会議で決まってしまうので、一般の教員は何も発言する機会もない。また、言っても何ともならないと思ってしまう状況である。
【720】 学校群制度失敗からず-と都教委の経営能力は無い!これが何十年もくり返されている。
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【721】 何でも企画調整会議でのみで決まってしまい、全体に情報がいき渡らなくなってきたように思います。 
【722】 発言しても無駄だ、という徒労感もあるが、現在の企画調整で決定して、職員会議ではそれを下ろすだけという体制は、質問する機会さえ奪われてしまった。
【723】 職員会議の回数が少なく、企画調整会議で何もかも決めようとする本校の体制の中であの通知は、会議で発言しない雰囲気を作り出した。一つ一つの教育活動を十分に討議しないので、問題点が解決されないまま、次年度に引き継がれている。 
【724】 「職員会議での発言が減った」どころではなく、本校では職員会議それ自体の回数が激減してしまっている。そのため、ものが言える場が無くなってしまっているというのが現状である(企画調整会議に出ていない者は)。すべてトップダウンで上の決めたことにはさからうな、といった感じになりつつあり、職員がみんなで協力し、創り上げていくことはますます難しくなりそうだと思う。一人ひとりの職員が生徒のことや学校のことを真剣に考え、それぞれの考えを出して論議する場がなくなっていくことの被害は、結局、生徒に及ぶことになるだろうと考える。
【725】 上意下達方式のやり方は、ちぐはぐで予定がたたず、一部の人達だけで回っている現場は寒々しい限りです。大変な面もあるが、以前の職員会議のやり方が公平である。
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【726】 何を言っても仕方がないといった雰囲気が強くなり、教員の意欲を減退させた。
【727】 都教委はこの先、都立高校をどのようにしようと考えているのか、実態がわからずして机上の空論ですべてを決めようとしていることに戸惑うばかりである。昨年まではすべてトップダウンで、いつのまにか決まっていたということが、あまりにも多い学校で、結局は内容が充分に吟味されぬまま、ことが進んでいた。被害をこうむるのは最終的には生徒であり、何も言えず、働かされている我々ヒラ教員である。この先、一般教員の待遇が増々悪くなり、働く意欲がなくなれば、学校経営などうまくいくはずがないと考える。結局、実働は一般教員なのである。それを把握しているのであろうか。
【728】 職員会議においては、一つの事柄に時間をかけ、教職員全体で話し合い、理解し合い、合意形成をして、校務に当たることが、昔と違い、全くできない、できていない。職員会議は企画調整会議での復唱に過ぎず、皆、興味・関心が薄れている。企画調整会議においても、分掌での報告・検討課題の進行状況の報告が大半の時間を使い、話し合いになることは稀であり、時間も割けない状況である。分掌部会での話し合いの時間についても、さまざまな課題解決をしていこうとするための時間確保ができなく、企画調整会議の報告や他分掌の進行報告で時間が終わってしまうことが多い。現状の会議などの構成(企画・職会など)では機能が低下していっていると考える。
【729】 学校全体の活気が失われ、与えられた事だけやればよいという風潮を生んだ。都立をダメにする政策である。
【730】 校長がリーダーシップを発揮するには、校長に実力(能力、ポリシー等)がなければ意味なし。真に教育力があり、信念のある人物が校長になっているかというと……。
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【731】 新聞を読んでびっくりしました。すごい。校長の立場で、あの発言をするというところに価値がある(社会的に与える影響力は全然ちがう)と思います。勇気ある発言だと思いました。
【732】 憲法違反(19条)か否かの判決を早く出すべき。納得のいく内容の判決が待たれる。司法が行政に完全に負けている現況を正すべき。管理職と一般教員の給与を逆にするとよい。それでも管理職になる人は本物だと思う。何故、管理職の方が一般教員より給与が常に高いのか、その教育的観点からの理由が不明。
【733】 本校では割と自由に自分の意見を述べている人が多い。私が昨年まで勤務していた学校では、校長の意見に異議を言うと、校長の口から「異動してもらう」などと職員会議で言われ、何も物が言えない雰囲気があり、会議は「報告会」で終わっていた。
【734】 最終的には、すべてが「校長の判断でやります」で済んでしまうのだから、建設的な意見を出そうという気持ちになれない。(校長アンケートで「ほとんどの学校で建設的意見が出され・・」というのは、校長にとって都合のよい「建設的」意見にすぎない。「どうぞご勝手に!」という学校全体の雰囲気である。
【735】 言論の自由は、日本国民にとって非常に大切な権利であると思います。しかし、東京都の教育公務員という立場であり、東京都という組織で勤務している上では、この言論の自由が100%認められるのは不可能であり、どこかでがまんをする必要があると思います。
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【736】 本校はよいほうだと思うが、企画調整会議で決定され、伝達する会議となってしまっている学校が増えていると聞く。校長の報告(都教委からの話)ばかり多くなっている。
【737】 協同意識が薄くなった。
【738】 校長の一部教職員に対するパワハラ的言動が、教職員の間で問題になった。
【739】 自由にものを言えば、異動・校内人事等確実に悪影響がある。いいことなど何もない。
【740】 反対すると評価がこわい。校長のパワハラあり、具体的には「あなた要らない」「転勤願を書いてもらいます」
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【741】 民主主義を教えるべき教育現場で、教員による職員会議が、トップダウンで教師の意見が出しにくいのは、全くおかしい。
【742】 (問2に)  発言しにくくなったとは思わないが、言っても仕方ないという気持ちが強くなりました。
【743】 採決してはいけないことになったのがよくない。結局は最後は校長が決めることになり、職員会議が議決機関でなくなったのが悪い。
【744】 教員が何を言ったところで、すべては校長の気分と企画調整会議で決まる。経営者と従業員という関係にならざるを得ないのであれば、発言すること自体ムダであり、校長どうぞご勝手にというしかない。
【745】 何を言ってもムダだという雰囲気が蔓延しつつあると強く感じる。
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【746】 校長は職員会議をムダな時間と考えており、ていねいに手順を踏んで議論して事を決めるという姿勢がみられない。重要な事項を企画調整会議だけで決めようとしており、いつの間にか校長の意向にそった決定がされてゆく。そうした流れの中で、発言しもムダとの空気が濃厚になってきた。
【747】 「私が判断する」の一言で決まってしまうので、「言ってもしかたがない」という空気が広がり、みんなで話し合って、ひとつひとつていねいに確認するという場がもてない。職員会議を軽視し、企画調整会議で一部のひとにだけ管理職が話しをするので、情報が伝わりにくく、質問や確認する場すら持てない。結果として、職員の仕事の連携がとても悪くなり、仕事の質が落ちている。
【748】 学校に言論の自由を取り戻しましょう!
【749】 校長に対してセンターが行なった聞き取り調査で「無駄な発言がなくなった」と肯定的な回答をしている校長がいた。他者の発言を「無駄」と評する傲慢さにあきれる。挙手・採決を禁止する通知は「都立学校の管理職には指導力・説得力が欠けているので、教員の口を封じないとやっていけない」と全国に公表しているに等しい。管理職にとっては屈辱的な通知のはず。
【750】 教員が意見を出しても全く意味がないという雰囲気になってしまいました。学校によっては、校長よりの発言でなければ(その後の業績評価で不利になるのをおそれて)発言できないようなところも実際にあります。生徒や保護者と日々接しているのは管理職ではなく教員なのに、これでは学校が良くなるはずはありません。
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【751】 校長がどんな「人格者」なのかが非常に重要である。校長に決定権があるのは別にかまわないが、やり方が下手だと、職員全体のやる気をそぐ結果になる。校長になるべきふさわしい人かどうかがとても重要な気がする。
【752】 通知後あきらかに「言ってもしかたない」との声が多くなりました。決定が管理職にまかされるため、その負担と、教員との「何を言っても管理職が決めるんだろう」という感情を考えると、学校内の協力体制をつくれなくしてしまった気がする。(教職員歴13年目)
【753】 昨年、本校へ転勤。以前の学校では、今の学校以上に通知後も議論はされていた。本校では議論されていることはなく意見聴取の場と管理職から話、報告会。(教職員歴29年目)
【754】 多数決が取れないことに不便さは感じる。
【755】 (問1,2 すみません。回答できません(教職員歴6年目))
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【756】 勤務評定の強化と合わせて、反対意見を言いづらい、言ってはいけないという無言の圧力をひしひしと感じるようになった。勝手にやって、という気持ちになることがある。校長の雰囲気にも大きく左右されると思うが。(教職員歴23年目)
【757】 教育の現場で必要とされていることが、何なのかを考えてほしい。考える力をもった教師を育てなければ、自分で考える力をもった子どもは育ちません。日本教育は危ないと思います。(教職員歴5年目)
【758】 (問4に わからない) 自分の考えをしっかりと持っている人や、議論をして、考えを戦わせようという若い人(30歳以下)が、ほとんどいないので、この通知でどう変化したかわからないところもある。(教職員歴20年目)
【759】 自由を生徒に語るべき教師が、自由を語れない状況にあって、生徒に何を伝えられるのだろう。(教職員歴29年目)
【760】 意見を言っても仕方がないという雰囲気はあると思います。残念ながらそれが現実です。そもそも情報それ自体が減ってしまった気がします。つまんない仕事になりつつあるというのが実感です。(教職員歴 18年目)
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【761】 都教委はおかしい!! (教職員歴 27年目 主幹教諭)
【762】 ◎以前は自分たちの学校を自分たちで変えていく、という意識を持って発言していたので、自分の中でよく考えていたと思いますが、最近はそういった意識は少なくなりました。◎また、ひとつのことを全体で考えていたように思いますが、最近は各部署からの報告だけのことが多いので、全体で考えている感覚がありません。校内に縦割り行政が入ってきた感じです。(教職員歴 17年目)
【763】 (問2 発言しにくいとは思わないが、発言してもムダな気がして発言しなくなった)通知はやる気をそぎ、あきらめを生んだ。(教職員歴24年目)
【764】 2006年の在任校で、主幹が都議に職員会議に挙手が行なわれていると報告し、挙手がなくなった。以降、職員会議で意見や質問を行ったところ、勤務評価において、「学校経営に協力していない」と校長に言われ「C」の評価だった(他の項目はAかB)(教職員歴5年目)
【765】 職員会議が報告の場となり、議論を通じて互いの認識を高めあうものではなくなってしまった。意見を言う意欲が全体として薄れてきた。どうせ校長の判断は決まっており、言ってもムダという気分の表れ。
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【766】 発言はできるが、勇気が要る。また発言しても結論は変わらないので、無力感から発言しない教員も増えた。職員会議に報告された時点で、事実上決定していることが多く、その決定過程も見えず、議論に参加できないことが多い。
【767】 土肥校長以外の当該校の教員からは、校長の主張ほど現場は感じることはなく、退職直前のパフォーマンスは迷惑だ、との感想を聞いています。立場ごとの見方のちがいを騒ぎ過ぎるのはいかがですかね。
【768】 問2で「2」となっている理由・・・年齢、経験が最高になっているからで、一般には窮屈に感じている方が多いでしょう。
【769】 (問2に 私はあまり気にせず発言する人なので) まず企画調整会議を中心に運営するという方式が教員の意志疎通が回りにくくなったと思う。さらに採決もできないのでは会議に参加する意味がないと感じる人も多い。そして、どうせ言ってもムダという空気になりつつあると思う。
【770】 トップダウンの意思決定では、なかなか全員がひとつになって仕事するのは難しいと思います。
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【771】 職場に蔓延しているのは、校長ほか管理職がやりたいようにやればよいではないか、という投げやりな態度であり、昔のように皆が学校経営について、あるいは学校の将来について議論をするような場面は全く無くなった。こんな雰囲気の中にあって学校現場に活気など生まれるはずはない。中には職員会議の中で、「すでに企画調整会議を通じて伝えてあるのだから職員会議の中で意見を言うな」と言い出す主幹が出てくる始末である。
【772】 「建設的意見が出されている」などというのは現実とかけ離れている。企画調整を経なければ議題としてもち出すこともためらわれる中で、どのような建設的意見が出されるというのか。そうした声が出ないようにするために通知を出したのだろうから、「建設的意見が出されている」などという回答を良しとしているのは矛盾しているだろう。
【773】 分掌の会議での意見が無視され、一部の主幹の意見のみが校長に伝わっている。職員会議で発言しても「それは議論済み」と無視される。『意見は分掌の中で発言せよ。しかし学校経営には反映させません』という体制ができ上がっている。
【774】 並行して企画調整会議が設けられたが、何の機能があるのか全く分からない。ただ物理的に時間を拘束されるだけで確実に部活指導や、授業準備の時間が削られている。
【775】 各学校の抱えている問題は、現場でそれぞれ責任を持ってその職務に真剣に臨む教職員が、それぞれの立場からしっかりと見つめることから、解決の糸口が見つかり、手がかりが得られ段階的に解決の方向へ進むものだと考えている。職場の一部の人間が少ない情報、そうでなくても偏った情報にもとづいて話を進めるより、多くの人間の目で様々な事柄を話し合ったほうが、多様な生徒に、より対応できる。さらに本当の意味で効率的、合理的なことが多い。ぜひ再び職場に言論の自由を。
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【776】 有害以外の何物でもない。
【777】 職員会議で賛否の挙手を認めないことは、言論弾圧のなにものでもない。教育現場に言論の自由を取り戻そう!!
【778】 まだ発言するに至ってはいなが、ゆくゆくは不自由を感じそう。 発言の多い先輩が面接のときに注意を受けたと聞き、驚いた。
【779】 発言が(職員会議、校長面接も含め)学校経営方針に協力しないと一方的と言われ、強制異動させられようとしています。何度か校長と話しましたが「校長の考えていないことを言ってはダメなんだ」と校長から言われました。ポリシーを持って話すだけでも、もうダメな時代になり、大変失望しています。
【780】 ○採決禁止のために話し合いがスムーズに行なえない。○職員会議での発言が、業績評価や人事異動の際のマイナス要因として使われているようだ。
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【781】 言論の自由、表現の自由、学問の自由は憲法の保障する守るべき大事な権利です。私は教員には(ある程度の)教え方の自由も保障されるべきであると考えています。
【782】 通知自体よりも通知にかこつけて「職員会議で反対したから」人事構想外で異動させるという現実は、由々しき問題である。
【783】 民主主義のイロハ。それを無視するなら北朝鮮と同じ。
【784】 「結局、校長が決めるのだから、何を言っても仕方がない」という雰囲気が強くなった。生徒の進級に関わるようなことも、生徒と直接接していない校長の独断で決めるのはいかがなものかと思う。
【785】 人望のない管理職、あまり有能でない中間管理職にとっては都合のいい通知であるが、権力で言論を封じるという前近代的なやり方は民主主義の国においてはあるまじき行為、それも教育の現場においてこんなことがまかり通って行くなんてトウキョウはなんと原始的で野蛮な支配を受けているのでしょうか。
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【786】 教員が自由に発言できないのに、どうして生徒達に「自分の意見を」なんて言えるんでしょう。何を言っても意味がないなと無力感で一杯です。
【787】 ・若い先生方が、のびのび自由な発想が少なくなったし、先生方同士のおしゃべりや雑談がなくなった。 ・面倒なことになるのなら発言しない(??)傾向もあるのか? ・生徒にとって、何が一番大事なのかをもっと考える必要がある。
【788】 真に信頼できる能力のある管理職にとっては必要がないどころか、有害な通知です。この通知で助かる管理職って・・・?
【789】 学校経営の方針について非協力的な極端な教員も一部にはいることと思います。ただし、民主主義の国家における公立学校ですから、校長は学校経営に関する指針を自分の言論や熱意でもって実現してゆこうというのが本来のあり方であると思います。多数決が必ずしも良いとは限りませんが校長自身ももっと説明責任を果たすものだと考えます。
【790】 職員会議が議論の場ではなくなり、報告伝達の場になった。議論しても採決がきんじられているので当然である。この事は職員会議にとどまらず、職員室に於いても、学校全体に於いても自由な雰囲気が失われたと感じられる。
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【791】 職員会議は意見を発言できなければ単なる時間の無駄です。以前の状態に戻ることを強く希望します。
【792】 都教委からのアンケート(調査)がいつ我々のところにまで降りてくるのか楽しみにしていたが、肩すかしを食らった。管理職に聞けば事足れりとする都教委の態度に呆れるばかり。恐ろしいのでしょう。怖いんでしょう。ますます、都の教員は勧められなくなりました。
【793】 (前任校で)校長は「○○先生の意見ですね。聞いておきます」と返答せず、議論は深まらない。生徒・保護者を大々的に巻き込む大事件を起こしながら、総括要求にも応えず、卒業式で「申し訳なかった」のひとことで済ませてしまった。
【794】 意見を言っても無駄だという思いが強くなった。言っても結局一部の主幹と管理職で決めてしまう。学年の意向も無視された指導方針を押しつけられた上に生徒の指導は学年でといわれても納得がいかない。意見の押しつけから良い教育は生まれない。
【795】 業績評価で、校長の学校運営に反対意見を言うことが多かったから、その分評価を落としたと前任校校長に8年前に言われたことがある。2003年からは異動要項改定で、校長の意に添わなければ1年でも異動させられるようになった。「不利になる」という懸念から意見が出しにくいことに加えて、採決禁止とまで言われ、「議長」ではなく「司会」と呼ぶ。「司会」は校長が決めるなどのしばりをかけられては学校のため生徒のため良かれと思って意見を言い続けるのは、よほどの勇気と覚悟を要する。
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【796】 生徒指導のあり方について、管理職と異なる意見が言いにくくなった。その傾向は年々強まると思われる。
【797】 連絡調整会議をはじめ、一般職員の見えない所での学校運営の進め方に何の意味があるのかと思っている。現場の声を一番に大切にする体制をしっかり残してほしい。
【798】 教員同士の考えや思っていることが発言をしなくなってきた分、見えなくなっている。意思のやりとりや、意見のやりとりが無くなっていることの害は、現場へ悪影響を与えている。
【799】 多数決で決めることは必ずしもいいことではないが、教員の意見を聞く事すらしなくなった管理職もいる。つまり職員会議を単なる伝達機関としか考えていない管理職がいる。
【800】 多数決には当然良い点と悪い点があるのであって、都教委は、その良い点だけことさら強調しているように思う。しかし両者のあのぶつかりは少しむなしく感じる。少数の教員が生徒のためによいことをしようとしても「時間が・・・・、人がいない・・・」等、多数派でつぶしたのは年上の教員たちではなかったか。少数意見を含め、充分な議論を出来、最後は全員が納得して、全員で事にあたる。そんな文化が都立高にできなければ、多数決はなくしたままで良いと思う。
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【801】 問1と問2に関して言うと、発言しても虚しい。どうせ数年で異動、退職するのだから。こんな学校 どうなってもいいやという気になってくる。
【802】 通知以降、採決は出来ず、意見を言っても言いっぱなしの感があります。また、校長に反対の意見を言う者に、前校長はCをつけた、という事実もあります。(それに対して、勿論組合分会としても抗議しました。)くやしいけれど、「意見を言っても・・・」という徒労感があるのも確かです。(だからと言って「黙ってばかりだともっとやられてしまう」から頑張らないといけないのですが・・)
【803】 ・議論をして何かを築いていくことは大切なことなのに、今の学校現場は、それができない。・若い先生方が会議の議事運営を知らないまま年数を重ねていくことを考えると恐い。修正案の提出や、動議や、採決方法など、生徒に教えるべき民主主義のあり方が、教師に身につかなくなる。 ・校長は力不足の人が多く、「独裁者」になってしまうと学校がめちゃめちゃになる。
【804】 東京都教育委員会は「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行なわれるべきものである」ことを忘れ、あるいは無視して、教育委員会に服従することが大切であると主張している。戦前への回帰をめざしているように感じる。恐ろしいことである。
【805】 民主主義を教える場としての学校が、上命下達の組織になってしまったのでは、民主主義社会はあり得ない。教員が自由闊達に議論できない中で、それぞれ自分のカラに閉じこもり、生徒に希望を語れなくなっている。
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【806】 言う人は言うが、「どうせ言っても決めるのは校長の一言だし」とか「下手なこと言うと次年度(特に異動がらみなど)に響くと嫌だし」という気分が蔓延していることは確か。何かと集議というよりは校長に事前に話しをつけておけばOKという雰囲気もある。
【807】 問3で②(ない)に○をつけたが、「言論の自由が直接無くなった」というより、「無力感(あきらめ感)」から発言が減っているとは感じられる。
【808】 みんなでひとつの学校を作り上げていくという前向きで楽しかった気持が消え失せた。管理職が勝手に決めたことをやらされているだけで、全く仕事がつまらない。精神疾患で休職をしている教員が増えている現実をどう受けとめているのか。教員はロボットでもペットでもない。ましてや管理職の子どもでもない。1人の目的を持って教員となった人間として不愉快極まりない毎日である。
【809】 私は組合員ではないのですが、この10年間で都教委がやってる事は、ただの締め付けであり、憤りを感じる。こんなことを続けていて良い学校になるとは考えられない。魅力を感じない。
【810】 ばかげた通知で、言葉が出ない。世界の笑いもの。こんなことが必要になるほど、都教委や校長は劣化しているのだろうか。
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【811】 生徒に対して、民主的な言動とは何か、平等な扱いとはどういうものか、真の自由とはといったことを考えさせ、それを行動に移すことによって民主的で自由な教育を行なうべき教育現場に、都教委という独裁者集団のごとき、反教育的役人達が上意下達によって校長以下、副校長、主幹、教諭を、この序列による命令の学校経営を行なうことは、きわめて反教育的で腸が煮えくり返る状況であり、かつ教員の士気の低下を招くものである。
【812】 ・「言って何になる」という気持である。・面従腹背でないと生きていけない。校長には裸の王様になってもらうしかない。
【813】 教員全員、学校全体で、創り上げていくという雰囲気はない。子どもを育てるのではなく、評価が先行し、教育の原点が失われつつあるのが実態だと思う。
【814】 いやしくも民主主義を標榜するのであるならば、その民主主義の主体たる個人を育てる教育の場において、知らしむべからず依らしむべしの運営形態をとるべきではない。手間のかかるシステムであることを承知の上で、民主的な形を維持する覚悟が運営する全員に必要なのではないか。意志決定の効率化は、ある程度は必要であろうが、そのために言葉をつくす、情報を共有するという姿勢が管理側に欠如していると感じている。
【815】 都教委の調査自身がペテンであり、88%の管理職が「いいえ」と答えていることそのものが、管理職が自分の意見を言えなくなっている証拠だ。
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【816】 「職員会議で意見を言う教員が少ない(いない)」ことをもって、自身の学校経営がうまくいっていると考える校長が増えている。構成員の「意見」なくして組織は活性化しない。との「意見」とは常に公に発信されるものである。
【817】 校長が責任を取る事項に関して、最終的に校長判断で決することは正しい。しかし校長意見が人事に反映する以上、校長の嫌がる内容を発言することはできない。あえて発言しても、決定は変わらない。リスクのみ存在してメリットがゼロの発言は意志決定行動学的にない。
【818】 職員会議が単なる連絡の場になってしまっている。教育委員会などは、自由に意見も言えるはずだし、経営にも参加できる筈だ・・とバカなことを言っているが、現状を知らなさすぎる。現状では学校経営に参加しているとは思えないし、そのため労働意欲も沸いてこない。
【819】 いろいろな事柄が一部の人の間で決まっている感じがして、そのことに対して多くの人がどのような意見を持っているのかがわからない。言ってもしかたがないという感じが自分自身にもあり、ずい分発言が減っている。言うべきことは最低限言っているつもりだが、他に誰も発言しないと、むなしい思いをする。協議をしてはいけないので、重要な事も知らない間に決まっている感じがして、私には関係ない、担当の人が勝手にやってという気分になり、協力も薄れてくる。
【820】 11月13日都教委は「挙手・採決の禁止」通知は適正であると結論づけた。そもそも都教委のファッショ的体制で管理職が真実を伝えるとは到底思えない。このような調査は全く意味がない。わが職場では校長(都教委)の上意下達の”結論ありき”のやり方では何を言っても空しいという雰囲気が作られ、意見を言う人がめっきり減った。本来教育の現場では職員が自由に意見交換して、より良い教育をめざすのが筋だろう。民主主義を教える立場の者が”挙手・採決の禁止”をするのはとても恥ずかしく悲しいことである。即刻撤回してほしい。
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【821】 責任が校長にあるゆえに、校長の決断が反映されるのは仕方がない。しかしその決断は、学校現場とはかけ離れたところでの決断(都教委とのパイプ)に偏ってしまうのは危険だと思わざるを得ない。校長と都教委が実際に生徒と接している教員の意見を吸い取らないということは、学校の崩壊、教員の無気力化、サラリーマン化を生んでしまう。教員の意見を聞くべき努力は失ってはいけない。
【822】 校長のリーダーシップとは、職員会議での採決を禁じて成り立つと考えるところがまちがっている。 校長はその識見と高い専門的知識によって教員を感化して引っ張っていくことから「校長についていこう」という気持が生まれてくる。それがリーダーシップというものであるはず。リーダーシップと専制を混同してはならない。
【823】 反対意見や異なる意見を尊重してこそ組織は力を維持できる。歴史が証明していることである。このままでは日本は国際社会の中でますます遅れをとる。
【824】 学校はひとりひとりの教員が主体的に学校全体のことを考えることによって有機的な組織となる。「適正化」通知によって、学校はタテ割り組織となり、教員は組織の部分を担う部品となってしまった。発言してもムダという空気が支配し、建設的な討論によって学校をつくっていく意欲がそがれている。主任教諭制度などで賃金による差別分断が行なわれ、「適正化」通知による閉塞感により学校はまさに死に体に近い。
【825】 現場から集約したもので運営する、ではなく現場にたずさわっていない(教室、そして生徒への直接のコンタクトのレベルがない人たちという意味で)ところでの考えで、運営され、意見も取り入れられない。だったらしようがない、と発言、意見交換が本当に少なくなった。一言で言えば「当事者意識」が持てない状況になった。
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【826】 教職員の意見が生かされない、また意見を言ったところでどうにもならないという雰囲気は確かにある。自由に意見を言い合い、多くの考え方を知った上で行動を決めていくのが教育であると思う。土肥校長の行動に賛同する。学校に言論の自由がないなんて「学校」ではない。
【827】 教職員同士の意見交換などはほとんどなくなり、単なる報告会になっている。意見を述べてもそれが反映される事は少なく、言っても仕方ない・・というあきらめの気持ちになってしまっている。教職員全体が集まる唯一の場である職員会議で意見を述べる雰囲気がなくなってしまったため、お互いがどんな意見をもっているのかということもわからなくなっている。学校現場が事務的機械的になってきており教育への害にしかなっていない。
【828】 民主主義の国において国民を育てる学校でこのような通知が出されること自体信じられないようなことだと思います。より多くの人にこのようなことが起こっているということを知ってもらいたいし、そうしなければならないと感じます。
【829】 やる気が失せてくる
【830】 この通知により、職場の士気は確実に下がっています。
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【831】 何を言っても”結果”は決まっているので、時間のムダかなあと思って何も言いたくないと思っている。
【832】 現場の教職員の意見は尊重されなくなっていると思います。職員会議で創造的な発言は見られなくなっていると思います。単なる事務連絡であったり、結局校長決裁なら、職員会議はただの時間のムダなだけであるとさえ思う。
【833】 年々息苦しくなってくる。
【834】 定年まであと1年の者ですが、ますますヤル気をそがれます。給与も減額され、早く辞めたい気持です。
【835】 即刻廃止すべきです。
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【836】 生徒やクラスの実態をほとんど把握できていない(間接的にしか知らない)管理職が学校の運営方針を独断的に決定するのは危険である。
【837】 職員の賛否を問うとして挙手を認めることくらいは大切なことであると感じる。職員会議がたんなる連絡、報告会になっており、意味がなくなってきた。企画調整会議の構成員は管理職希望のYESマンのみであり、非常に危険である。
【838】 土肥校長の勇気ある発言を全面的に支持します。
【839】 発言はできないわけではないが、言い放しという状態になり、態勢に影響はない。だからどうしても物申したいという人が発言しているような状態だ。こうなると上に立つ校長の見識にかかってくるわけで、バカな上司に当たるととんでもない結果となる。一部の私立のようになる(殿前の大成高校)。不幸なことだ。長い教育の歴史の中でも最悪の通知だ。
【840】 何から何まで多数決で決めることがよいとは思わないが、生徒指導はもとより学校運営まで教職員が主体的に関わっていけるようにしないと一般企業と同じタテラインだけで動く学校になってしまう。これでは教育活動ではない。職員会議の”補助機関”化も含めて見直し、撤回されなければならない。
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【841】 職員会議は、いろいろな立場から意見を出し合って、より良いものに仕上げていくというのではなく、上意下達の場になったと感じています。意見や実態を述べてもむなしさが残るのみで、やる気も半減してしまいがちです。
【842】 職員会議による意見交換や議論があった頃は活気にあふれ、誰もがよい学校にしようという気持があふれていた。今それもなく、仮に意見を述べたとしても続くものがない。結果、校長の「共通理解をはかれた」で終わる。共通理解していないにもかかわらずである。こんなの歪みでしかなく、最大の被害者は子どもたちでは?
【843】 あきらめ
【844】 平の教諭は発言や意見を求められていないと思う。聡明で建設的な意見を吸い上げる機会もない。
【845】 何を言っても、結局校長が「私の本段でこうします」と一言でまとめてしまい、発言をしても「どうせ言ったって」という雰囲気が漂っている。前任校の校長は特にそういう方で、その結果朝の打ち合わせボイコット運動に発展した。これがどうして「学校は適正である」と言えるのか。また、この校長が決定した方針について、後任の副校長がうんざりした顔で引き継いでいる様子も話しに聞いている。決定権は校長にあっても、独断に走る人は人の上に立ってはいけない.
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【846】 平成20年度の初任者なので、採用以前のことはわからないのですが、話は伺っていました。意見を述べ合うほうがいいと思ってはいます。
【847】 教員の意見は必要ない感じですね。
【848】 都教委の考える「学校経営の適正化」とは、「上」の考えが「下」にうまく通じていけば組織はよいものになる、とする、きわめて単純な役人的発想だと思います。そこからは”教育”が抜け落ちてしまうということに気づいてもいないし、考えることもない。そして、その流れで、教員も動かされているから、教員「仕事の中から、教育が抜け落ちてしまう」というのが、現状でしょうね。しかし、だからといって、戦後民主主義に戻ることはできない、というところが、困難な所です。
【849】 意見を出し合うことによって、お互いの信頼関係や問題処理も進むのに、妙な疑心暗鬼が全体に広がり、よい状況ではない。打開策を討議する機会も少なくなってきているのは、どうしてか。
【850】 自由に発言ができて、学校をよくするために管理職、職員が協力すべきである。
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【851】 トップダウンが有効の場合もあるが、個々の教員の意見は反映されにくくなったように感じる。
【852】 2年目なのでわかりません。
【853】 教員が無気力になり、責任感も薄れ、どうでもいいと思ってしまう。
【854】 2006年異動してきたため2005年度との本校の状況の比較はできない。
【855】 「全てを企画で決定し、職員会議は伝達のみ」だが、企画でも決定されず、意見を吸い上げる場(あるのか?)も機能せず、何となく忙しく、どうなっているのかわからないまま日々がすぎていきます。
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【856】 教育情報の共有、教職員同士の論議による生徒指導方針のねりあげは「自由な職場内の雰囲気」が必要です。その雰囲気がなくなってきました。
【857】 お上に逆らわない、逆らわせないという戦前の教育に少しずつ戻りつつあると感じる。今の東京都の教育をリードする上の人々が、常識を逸した知識・センスしか持ち合わせていないのが問題だ。
【858】 発言しにくくなったというより、発言してもしかたないという雰囲気になってしまった。現場の教員の意見を聞かないというのは、独裁国家と同じであり、全くバカげていると思う。
【859】 何を発言しても、異議や疑問を発しても主幹司会が「ご意見として・・・」で終わってしまう。質問しても「そんなご意見もあって・・」でまとめてしまう。若い人たちは全く発言しようとしません。静かな職員会議です。多くの意見が出て、採決があれば、どちらに挙手しようか真剣に考えます。校長が決めるんだから、と思えば、責任もないし、深く考える必要もなく、自分の態度決定も不必要となってしまいます。
【860】 職員会議で何を言っても無駄といった雰囲気が出てきて、職員会議の時間が短くなった。
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【861】 悪影響をなきものにする以外になし。『勇気をもって』発言するべからざんや。
【862】 一般教員はもちろん、校長すら全教員の総意を確認するすべを失った。どんな発言をしたって、最後は校長がきめちゃうんだろ、というような雰囲気が強まり、職場のまとまりが弱まった。
【863】 職員会議で、管理職に質問してもまともな答えをしない。
【864】 (発言数が変わらないとしたのは)頑張って発言するぞと決意を行動に移しているから。ただし今のところは。今後には自信がない。
【865】 「建設的意見が出され、適正な学校運営がなされている」ことにより、多くの教員が仕事に疲れ、精神的にも追い詰められ、仕事への意欲を急速に失っていく中で、「国家の要求する教育」が実現されつつある。
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【866】 (通知は)言ってもしようがないという雰囲気にはなったと思う。
【867】 言論の自由はさまたげられたとは思わないが、教員の意見が反映されにくくなり、「言ってもムダだ」と感じるから言わなくなった。
【868】 会議で発言しても学校運営上の決定には、直接の影響がないので、発言してもムダだという雰囲気が濃くなった。あきらめのムード
【869】 相互に情報や意見を交換し合わないことによって、学校教育の現状を把握しにくくなり、教員同士が協力し合って生徒指導や学校運営にかかわる意識を、低下させていると考える。
【870】 自由な発言ができなくなったと共に、案として出されたものの内容を練って、よいもの(まともなもの)にすることが行なわれなくなった。
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【871】 意見を発言する意欲が失われたことは確かです。またそんな通知を出す教育委員会に対しての信頼が一層なくなりました。
【872】 「学校経営の適正化」の通知は本当にばかげていて、ふざけている。教育をダメにするだけである。
【873】 会議等が時間的に効率良く進行したとしても、内容に問題があれば適正とは言えない。会議等は、議論を積み重ねて、より良い教育内容を検討し、採決していく場であるべきである。
【874】 職員会議が伝達の場所・時間となって物事に深まりがなくなっている。
【875】 カリキュラムの改訂にあたり、一部の教員と管理職の主導により大多数の教員が望まない方向への改訂が行なわれた。私自身は校長面接においてそのことについて再三意見を述べたが、職員会議においては意見を述べる機会は無かった。通知以降、学校全体の進むべき方向にかかわる事項においても活発な議論が行なわれることなく、管理職や一部の教員の成果主義によって全体の望まない方向に進むことがあるような気がする。たとえ自分の意見が通らなくても議論の中で反対意見を通して自分の位置を確かめたり、議論の中でゆっくりと合意や結論が醸成されたり、また教員自身が責任を持って学校に関わる重要事項を決める機会が全くう失われてしまったことは残念でならない。
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【876】 言論の自由を直接疎外しているわけではないが、「言ってもいいけど、結論に何ら影響しない」というのでは発言する意味がない。少し違うかもしれないが、投票権のない人にも発言だけは自由と言っているようなもの。発言や討論を無意味化してしまったものである。
【877】 学校管理職はとから言われた事を伝えるだけの伝書鳩、職場の和等を考えることもなく、単に管理しているだけ。職員の実情の考慮もない。まるで倉庫の管理番と同じである。学校の状態に合わせた判断をしなければ真の平均明快の教育もありえないのが、実際、学期の終わりに授業をつめると、補習・補講の時間が取れる。結果、退学者が増える。これも都教委の政策を学校にすりかえているものと思われる。
【878】 職員会議で、何を言っても無駄という雰囲気が拡がった。
【879】 校内で積極的に意見を述べ、建設的な学校運営に参加しようという気持、意欲がうすれてしまいました。ああすればいいのに、こうすればいいのにと、そのつど思いながら「ま、仕方ないか」と思って黙っていることがとても多くなったと思います。「'06適正化」は教員のやる気、アイディアをとりあげた全くの悪通知であると思います。日本の若者たちにとって大いにマイナスです。
【880】 発言しても自分の意見を汲み取ってもらえるという実感がなくなった。発言数は確実に減少した。
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【881】 職員を給料他評価する立場にある管理職の前で、自由闊達な意見を言えるはずがない。東京都の学校からは民主主義は完全に無くなったと思う。
【882】 生徒に対して学校全体(教職員全員)で対応しなければならないと思う。それなのに会議で発言や採決ができなければ、共通認識や情報の共有ができなく、管理職や一部の者がやればと思ってしまう。一人一人の教員が、自主的、積極的でなくなってきているように感じる。人の考え方や心をコントロールしようとしている都教委は危険だと思う。
【883】 職員会議中の発言はなくなっていないとしても、発言イコール建設的な意見とは必ずしも限らない。最近の職員会議では意見ではない単なる質問(結論が決まっているようでどうにもならないので皮肉を込めた質問または矛盾点を突いた質問)が増えたように思う。だいたいNOと言えないような都教委と管理職の間でとったアンケートに何の意味があるのか疑問である。NOと言えない管理職に同情する気持は全くないが、校長にはぜひ間違っていることは間違っていると言える人格者であってほしいと思うのみ。
【884】 管理運営規定変更以後、職員会議の重要度が低下する中での通知であり、職場の状況が悪化したのは明らかである。
【885】 管理職の「こうなりましたので、よろしく」というような発言が、職員会議で多くなったように思う。一般の職員からも「議論はもういいですから、やってください。」という発言もあった(前任校での経験)。以上のようなことと連動して、「めんどうくさいから、言われたことをやっておこう。」という雰囲気が漂い始めているように思う。
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【886】 「適正化」以降会議での発言が減ったのみならず、教員間のつきあい、人間関係も希薄になったように思う。
【887】 通知そのものの悪影響より、ここ何年かの制度の改悪(業績評価など)の方が、より深いカゲを学校におとしているように感じています。また、発言の数より質が問題かもしれません。
【888】 職員会議が上意下達の報告会となり、自由に意見を述べ合う会議ではなくなってしまった。
【889】 たまたま校長が理解ある人だったというだけで、他校ではかなり悪影響があると聞いている。
【890】 反対意見を言っても、最終的に否定されるなら、発言する気持はなくなりますよね。
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【891】 完全に上意下達機関になり下がっています。
【892】 何を言おうが、意向調査をしようが、最後は「校長の判断でよろしく」という状況になりました。職員会議で何か言っても何も変わらない。その結果(是非を問わない職員会議)導入された制度で、学校はガタガタです。
【893】 教員全員の意見を聞けるのは、多数決であり、大切にしていきたい。
【894】 管理運営規定や各種通知は、教員の言論の自由を規制するだけで、職場が分断され、仕事をする気がなくなってきた。仕事がきつくなった。
【895】 発言ができなくなったわけではないが、教員の発言の「重み」が限りなく軽くなったことで、発言しても無駄という雰囲気が生まれている。
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【896】 意見を言う場がなくなり教員同士の意見交換もできない。教育現場の雰囲気も非常に悪くなった。
【897】 会議の内容が管理職・主幹からの一方的報告の場となってしまった。
【898】 管理職の人柄によって、かなり違うと思う。高圧的、独善的な管理職だと「意見を言っても仕方がない」雰囲気になるだろうと予想する。やはり職場の団結が大事だと今回の件で実感した。今まで団結して民主性が守られている職場だと、通知の通りにすぐ変えることなど無理である。
【899】 なかなか難しい。ただゴネるという人たちが減ったのは正直良いと思うが、ひどい管理職になったら終わってしまう。そういう感じです。
【900】 学校内のことがなかなか外に伝えにくくなってきています。「守秘義務」の範囲を拡大し、市民や生徒、保護者の方々に学校の中でどのような形で事が進められているか、このように関心をもって運動してくださることに感謝しています。 校内では校長(+副校長)の思いどおりです。主幹も主任も後々の昇進への影響を恐れてNOと言いにくい様子。体に無理してまで様々な仕事をさせられています。病人も5~6名とおおくなっています。病休者3名。
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【901】 管理職の独壇場で、挙手ができない(その場面がない)というのは、民主的でない形で運営されている。
【902】 都教委の管理職に対する調査は無記名でおこなったのか。そうでなければ都教委を批判する意見が出るわけがない。
【903】 土肥校長に頑張ってほしい。
【904】 言っても無駄であるという無力感を我々教職員が持つようになった。どんなに発言しようとも、校長の裁量、というより都教委の考え、方針で片付けられてしまうからです。
【905】 委員会が多くて会議がたくさんあり、そこで(一部の人で)決まったことが全体の意見のようになってしまっていると思う。
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【906】 校長の方針に反対する発言をしたら、自己申告書の評価が下がってました。
【907】 都教委の「適正化について」の調査のまとめを、以前HPで読みました。上記の点のみならず、問題点が多く、また現場の教職員との意識のずれは著しいものです。都教委が某校長を始めとする様々な批判に答えないための、単なる資料集めだと思っています。
【908】 職員間のコミュニケーションのみならず、組織の人間関係もぎくしゃくし、業務全体が円滑にいかなくなったように感じる。
【909】 言論の自由はありません。だから生徒にも言論の自由は認めません。
【910】 発言の回数がどうこうというより、何か言っても、もう決定してるんでしょという空気が職場に多い。
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【911】 発言の激減、言っても仕方ないという空気、本校でも確実に変化しました。数年前、異動した頃は、かなり活発に意見が出ていましたので。そして自分自身も発言しなくなったと実感しています。
【912】 どうせ無駄だと思うことがあります。その結果、発言しないことがあります(私だけかしら)。
【913】 個々の教員が責任をおわなくなる。(どうでもよいという雰囲気が充満している)。教員が考えなくなる(挙手をしないとどうでもよい。管理職が決めればよいという感じである)。 特に若い世代の方がそうなり、これではいけないと強く感じます。
【914】 上記(注:校長アンケート)の通り、「いいえ」の回答は88%をしめているから「適正な学校運営がなされている」という報告は、一般教職員の実感からかけ離れています。一般教職員や保護者(あるいは世間一般の人々)の声を聞くよう働きかけを強めていくことに賛成です。学校にとって、本当に必要なことに対し、自由に意見を言い、挙手で意志表示できない現状は、教育にとって不幸というしかありません。
【915】 何を言ってもすべて校長が決めると考えたとき、意見を言う気がまったくない。校長が人の意見を聞いて考え、決定するのでなく、ただ言わせておいて、自分の考えで決定するというシステムでは意見が出るわけがない。
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【916】 民主主義は時間がかかると思っている。昔の職員会議は意見の対立など含め、膨大な時間がかかっていて、時としてうんざりもしたが、そのやりとりの中で学校運営にたずさわっている感があったり、方向性が正義の方向へ向いていたと思っている。いまは押さえつけられ、目の前のことをやっているだけになりつつある。
【917】 自由な論議ができなくなった。管理職からの一方的な決定がなされる場となってしまった。学校や生徒のために努力する気持が減った。
【918】 土肥校長のTV出演等の影響でこの問題が大きく取り上げられ、とてもうれしく思っています。是非この問題にプラスしていまだに入学式・卒業式時のみ校長から各自手渡される「職務命令書」(逆らったら処分するぞ!)についても話題にして頂けると有難いです。教育現場に「命令書」はそぐわないです。専制が生徒に「納得しなくてもとにかく従え!」なんていうありえない指導を、校長が私たちにしているのです。
【919】 誰が聞いても、恣意的な都教委の調査方法とその結果である。それを無批判に報道するだけの新聞、マスコミには「ジャーナリズム」のにおいさえしない。
【920】 職員会議での校長・副校長・経営企画室・中等副校長等の報告時間がどんどん長くなっている。無気力感が漂っており、本気で発言する気になれない。
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【921】 自由に発言するという、教育の場において最も大切なことを、力によって制限した結果は近い将来、教育現場における人間形成という、根底の部分で大変大きな悪影響を及ぼすことはまちがいないと考える。結果は職員から生徒の人間性として現れることだろう。
【922】 教職員のやる気がずい分そがれたと思う。発言しても、すでに事前の企画調整会議や校長の腹づもりひとつで、職員会議などが決まってしまう雰囲気が多々あると感じている。
【923】 教職員の階層化、職務評価、管理職の質の低下、日の丸君が代の強制、労働組合の弱体化、ムダな仕事の増加等々、様々な締め付けの中で自由な議論ができなくなってきた。あの通知がとどめを刺した。上に気に入られようとする発言は増えている。上からの評価が生涯収入を大きく左右するようになっている。
【924】 言論の自由を生徒に教えるべき学校で、教職員の発言が抑圧されたり監視される現状は歪んでいると思います。
【925】 言論の自由がないとは思わないが、発言しても仕方がないという雰囲気は強くなったと感じる。議論しても校長が自分の責任でやるということなのだから、活力がなくなるのは当然である。
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【926】 通知が出てから教員のモチベーションに悪影響を及ぼしている。学校の教育力が低下しているのではないか。すぐにでも通知を撤回すべきである。「保護者&市民の会」の皆様のご尽力に感謝いたします。
【927】 教員の間に無力感が広がり、何事も上からやらされている、という雰囲気が強くなったことは確かだと思います。
【928】 校長も職員の意向をハアクするために採決は必要だと思っているが、しばられていると思う。言論の自由が大きく後退したとは思わないが、忙しいせいもあり、職員自身が職員会議を早く終わらせたいという雰囲気があり、全体に低調になった点は明らかだ。
【929】 全体的に流れ作業的に会議が進んでしまっている。一部で決まり、全体はそれに従うだけという空気がある。
【930】 以前は意見を言うことで、学ぶことも多く、人の意見を聞くことで様々な視点を学べたが、今は空回りで単に邪魔をしているだけになるので何も言わない。言ってもムダ。本当に良くない。都教委の恐れていることが全く理解できない。
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【931】 教育の国家統制復活!! 民主的教育は消えた! ← 若い教員たちが自然とこの体制を受けいれている事に恐怖すら感じる。
【932】 2007年に採用されたので、現在の状況と以前の状況を比較することができません。しかし私のいる学校では職員会議がなく、自分の意見を発表することはもちろん、全体の意見をきく場も無い状態です。月に1~2回の連絡会というものはありますが、1つの問題についてじっくり議論をする時間はありません。
【933】 現在の勤務校では、職員連絡会ということで、会議すら行なわれません。原則、管理職や企画調整会議でのことを共有するだけです。適正な学校運営は考えられません。
【934】 都教委は管理職に、匿名で回答させたのでしょうか。誰の回答かわかってしまうような調査では、本当の答えが出るはずがありません。命綱を握られている相手に逆らえませんよね。
【935】 例えば、学校行事等で勤務時間外の係分担を決める時にも、職員会議で採決できないのは、労働基準法に違反するのではないか。
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【936】 88%の校長、副校長が本当に「建設的意見が出されている」と思っているのなら、あまりにも「建設的」の意味が違うところにいらっしゃるのだなあと思うしかない。



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